Days in Ladakh

ダー ボノナー

10月13日から17日まで、ラダック北部のダーという村でボノナー(大収穫祭)が開催されました。ダー・ハヌー地方にはドクパと呼ばれる人々が暮らしており、頭に鮮やかな花やショクロ(ホオズキ)を飾ることから「花の民」と呼ばれています。

写真は祭りのために盛装してダーにやってきたドクパの女性。後で聞いたら、彼女は僕が滞在していたダーの宿で働いている友人、ルンドゥプ君の妹さんでした。新婚ホヤホヤだそうです。

祭りが始まる夕刻前、隣村のビャマからやってきた楽士さんたち。陽気な歌を歌いながら、祭りが行われる広場に向かって行きました。ボノナーでは、音楽が非常に重要な役割を果たします。

ボノナーはかつて、ダー、ガルクン、ガノクスというドクパが暮らす3つの村で、毎年持ち回りで行われていました。現在、ガノクスはインドとパキスタンの停戦ラインの向こう側にあるため、ガノクスの番に当たる年はボノナーはお休み。ガルクンもILP圏外にあるため、外国人は訪れることができません。今年はたまたまダーの開催年にあたり、ラッキーでした。

声を合わせて歌を歌う女性たち。ギルギットから移住してきたドクパの祖先と伝えられるガロ、メロ、ドゥロの3兄弟の物語を、樹上で暮らす3羽の鳥になぞらえて歌っているそうです。同じ歌の繰り返しに聞こえますが、よく注意すると、メロディや歌詞が微妙に変化していました。歌い終わりに「ツァムツァムツァームツァーム!」と女性たちが掛け声を上げて両膝をちょこんと曲げるのが、ものすごく可愛かったですね。

ドクパの踊りはとてもシンプル。男性は両手で長い帯を掲げ、女性は右手に花を持ったり手首を軽く傾げたりして、小刻みなステップを踏みながら、時々くるりと回ります。祭りの終盤には、踊りの列を二重にして互いをつついてじゃれあうようにしながら、掛け声を繰り返す一幕もありました。

アーリア系民族のドクパの人々は、ドクケと呼ばれる言語を話します。祭りの歌の歌詞もドクケですが、ドクケは文字を持たないため、歌詞の記録がありません。今生きている歌手の跡継ぎがいなくなると、彼らの伝統的な風習が途絶えてしまうため、村人たちは現在、歌を録音してその発音を記録するという作業を試みているそうです。

ラダクと呼ばれる白装束のシャーマン。祭りの初日に降臨した土着神を、最終日に送り出す役割を果たします。送り出しの儀式の際、人々は花に飾られた帽子を脱ぎ、広場の外れにある石柱まで長い行列を作りました。花の民の祭りのクライマックスが、花の帽子を脱ぐことだったとは‥‥。神が解き放たれると、人々が「ワーッ!」「キャーッ!」と叫びながら一斉に広場に駆け戻ってきたのにもびっくりしました。

神を送り出す儀式が終わると、人々は再び花を頭に飾り、歌い、踊り続けました。1000年も前からこの土地で暮らし続けてきた人々の祭りは、とても華やかで、伸びやかで、見ていて心が和むものでした。この素晴らしい伝統が途絶えてしまわないことを、心から願って止みません。

5 thoughts on “ダー ボノナー

  1. yama_taka

    >Kaoriさん
    本当にのどかなお祭りでした。村の人たちが自分たちのためだけにやっている感じがして‥‥。みんなものすごく派手な衣装なんですけど、踊ってるのは暗闇の中なんですよね(笑)。写真的には、もう少し明るいうちからやってほしかったなあ。

  2. 石田

    ご無沙汰です。
    ラダック嫁入り部隊の隊員、石田です。
    お元気そうでなにより。
    本隊から離脱し先日、帰宅したところなのですが、帰った実感もひと夏終わった感もなにもなく、薄らぼんやり過ごしていました。
    んが、しかし。収穫祭。
    タクトク・ゴンパの祭でご一緒した頃、畑は真緑だったのに、収穫祭とは…
    この三文字に目ぇ覚めました。
    暗闇での祭も、どんなに「のどか」と書かれても、みぞおちわくわくしちまいます。このイメージ呪術っぽさとか、「神様と自分たち」だけのための行為である(らしい)点とかに。
    ところで、だいぶ前の記述になりますが、ひと言言わずにおれないので引用さして頂きます。
    「埃まみれになって一緒に畑を耕し、休憩中にバター茶を飲んでいる僕の顔を見ていた、ツェリン・ナムギャルのやさしいまなざし。宿の世話と役所の仕事でくたくたになっているのに、夜遅くにおいしいスキウを作ってくれて皿によそってくれた時の、デチェン・ラモの笑顔。」
    これですよ、これ。ホントにこれ。痛てぇほど理解でき、泣けてくるほど共感。それもせつない嬉し涙で共感。
    ワタクシも今回はだいぶ「これ」に恵まれました(自慢)。ほほ。
    そして「これ」が何よりも、旅の中での他のどんな経験よりも自分を満足させてくれるものだとも、やっと確信しました。
    それでいて「これ」ってば、わざわざ旅に出なくても、いつもの生活の中にもあったことにも気付いた次第。
    それでもやっぱり、「どこの馬の骨かわからない」はずであろうワタクシに、出し惜しみなく注がれる「これ」であるからこそ、せつない嬉し涙が出るのかしらん。とも思えて。なんだろう。
    「これ」は数値化できなさそうなんだけれど、物凄い滋養に満ち満ちたものらしく。今回はだいぶ注がれ、ワタクシも消化吸収が良い方なので、かなり強く丈夫になれた気がします。
    ご帰国お待ちしています。お時間があれば是非にお会いしたく。
    んじゃ、またー。

  3. kai

    すごく華やかでステキな衣装。
    それに美人さん!・・を狙ってます?(笑)
    日本の着物や伝統的なものも、外から見ると、
    もっと大切にと思えるかもしれませんね。

  4. yama_taka

    >石田さん
    ご無沙汰です。そちらこそお元気そうで何よりです。長文コメント、ありがとうございます。
    そうなんです。「これ」なんですよね、大事なのは。ラダックは人がやさしくて、とりわけ「これ」に恵まれる機会が多いから、つい慣れてしまって鈍感になりがちなんですけど、この間荷物を盗まれた時に周りの人の「これ」を痛いほど感じて、本当にありがたいなあと思いました。僕の本でも、一番重要な部分になるのは「これ」だと思います。
    クンガさん、もしかしたら11月にも日本に行けるかもしれないので、そしたらみんなでお祝いしましょう!
    >kaiさん
    ‥‥狙ってました(笑)。いや、今回の祭りは毎日日が暮れてから始まったので、写真を撮るには相当つらかったんですよ。なので、日暮れ前に村に集まってきた乙女たちをつかまえて写真を撮らせてもらいました。
    この村の人たちも、普段はそんなにゴージャスな格好をしてるわけではないのです。でも、この衣装にはドクパという民族としての誇りが詰まっているのでしょうね。

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