2010年9月 1日

自分の役割

ラダックではここ数日、八月上旬のぐずついた天気が嘘のような快晴が続いています。空にも、風にも、少しずつ、秋の気配が混じってきていますね。あと一カ月もすれば、ポプラもすっかり黄葉して、そしてあっけなく散ってしまうことでしょう。

約二カ月半の予定だったラダックでの滞在も、いよいよ終わりが近づいてきました。明日の朝の飛行機でデリーに飛び、翌々日の朝には東京に戻る予定です。

今年の滞在を振り返ってみると......まさに「激動の日々」といった印象でした。ラダックに来る前、楽しいことばかりでなく、苦しいことや悲しいこともあるだろうと思ってはいましたが、今回の洪水の影響で、まさか、ここまでたくさんの悲しい場面を目の当たりにするとは、正直、想像すらしていませんでした。

でも、ラダックの人々にとってもっとも困難な時期に、自分という人間が居合わせたのは、何かのめぐり合わせなのかもしれない。今はそう感じています。

僕はこれまで、ラダックという場所で、これ以上ないほど幸せな、かけがえのない時間を過ごさせてもらってきたのだと思います。そして、(あえておこがましい言い方をすれば)僕のようなやり方でそうした時間を体験した人間は、おそらく他にほとんどいないだろうとも思います。だから僕は、自分が過ごしてきたラダックでのかけがえのない時間のことを、文章や写真によって、一人でも多くの人に伝えなければならない。それはたぶん、仕事でもなく、義務でもなく、僕という人間に与えられた役割のようなものなのでしょう。たとえ、時にやりきれないほど悲しい出来事を伝えなければならないとしても。

いい時も、悪い時も、ラダックのことを見つめ、伝え続けていく。これからも僕は、そうした自分の役割を果たし続けていこうと思っています。

日本に帰ったら、ラダック関連でやろうと思っていることがたくさんあります。まず、10月中旬頃からは、東京でラダックをテーマにした写真展を開催しようと考えています。写真展の会場では、ジュレーラダックと共同で、洪水の被災者を支援するための義援金を募集させていただく予定です。この件に関しては、詳細が決まり次第お知らせしますので、今しばらくお待ちください。

さて、ラダックの人々に帰国前のあいさつ回りをしてこなければ。きっと、前と同じように「あ、そう。で、いつ戻ってくるの?」と、軽い調子で言われるのだろうな(笑)。

2010年8月27日

立ち直るために必要なことは?

最近になって、何人かの知人から、洪水発生直後の話を聞きました。

ある被災地では、固く抱き合ったままの老夫婦の遺体が発見されました。どんなに引き剥がそうとしても、二人の身体を離すことはできなかったそうです。

別の被災地では、ある子供の遺体を泥からひきずり出したら、その兄弟と思われる子供たちの遺体も出てきたそうです。その子たちもまた、互いの手を固く握り合ったままだったといいます。発見に立ち会った知人は「本当にショックだった。辛かった」と話していました。

別の知人の妹さんは、洪水から避難しようとした時に、泥の中に埋もれていた遺体を踏んでしまった、と怯えていると聞きました。次第に平静を取り戻しつつあるように見えるラダックの人々ですが、その心の中には、洪水の記憶の爪痕が今も深く残っています。

インドのシン首相は、先日ラダックの被災地を視察した際、災害支援パッケージとして125クロールルピー(約25億円)の用意があることを発表し、「病院、学校、電気、道路をすぐに再建する。すべての復興作業は、この先2ヵ月半以内、冬が来る前に終わらせる。資金は問題ない」と述べたといいます。実際、被災者に対する食料の配給は、インド政府や各支援団体によって行われており、今のところそれほど危機的な状況ではありません。飲料水を確保するための浄水機器や、テントや毛布なども供給されていると聞きます。

とはいえ、すべての援助がうまくいっているかというと、そういうわけでもありません。ある団体から送られてきた毛布や衣服が、冬を耐えしのぐにはあまりにもうすっぺらだったとか、やたらめったらペットボトルのミネラルウォーターばかり送られてきて逆に困っているとか、コミュニケーション不足や認識不足によるトラブルはよく起こっているようです。

被災者の側でも、ほんのわずかしか家にダメージがない人や、もしくはまったく被災していない人が、何食わぬ顔で何度も配給品を受け取りに行っているとか、被災者たちの間で配給品の奪い合いになったところもあるとか、いろいろと問題が発生しています。一部の支援団体では、募金で集めた現金を被災者に直接手渡すことを計画しているようですが、正直、浅慮であると言わざるを得ません。

ラダックの人々がこれから立ち直っていくために必要なのは、いかに的確に、必要とされている箇所に必要なだけのお金や物資を供給していくか、ということに尽きると思います。たとえば、LEDeGでは今、チョグラムサル近郊の土地に、恒久的なシェルターを建設していくことを計画しています。それには少なからず費用と時間がかかりますが、ラダックの厳しい冬をテントだけでやり過ごすことの困難さを考えると、一刻も早く着手すべき部分です。

ほかにも、学校に行けなくなってしまった子供たちをほかの地域の寄宿学校に通わせるための学費を確保するとか、対処が急がれるテーマがいくつもあります。こうした用途に計画的に資金を投入していくことが、ラダックの真の復興のために必要なことではないでしょうか。

ラダックの人々のために何をすべきか、今一度冷静になって考えてみるべきだと思います。

2010年8月23日

「ラダック洪水被害現地レポート」掲載のお知らせ

「ラダックの風息 空の果てで暮らした日々」の版元、ブルース・インターアクションズのサイトに、今回のラダックの洪水被害についての現地レポートが掲載されました。僕は写真と文章を担当しています。

ラダック洪水被害現地レポート / 文・写真 山本高樹

レーの街のインターネットの接続速度は依然として遅いため、この「Days in Ladakh」には、しばらく写真をアップロードすることができません。被災地の状況について知りたい方は、上記の現地レポートページをごらんになっていただいて、周囲の方々に広めていただければと思います。

2010年8月20日

もうひとつの現実

洪水の発生から約二週間が過ぎ、レーの街も、少しずつ落ち着きを取り戻しつつあるように感じます。電話は依然として不便ですし、電気ももっぱら夕方から夜にかけてしか供給されませんが、それでも普通に暮らしていけるというのは、ありがたいことだなと思います。

僕がレーに戻ってきてから、何人かの日本人の方からメールなどで問い合わせをいただいています。「今のレーの街やラダック各地の村はどんな様子なのか?」「9月にラダックへの旅行を考えていたけど、旅行できる状態なのか?」といったものです。

まず、今のラダックが旅行できる状態かどうかというと、ほぼ普通に旅して回ることが可能です。道路はレー~マナリロードのルムツェ近辺とダー・ハヌーの手前あたりが不通のほかは、だいたい復旧しています。レーのゲストハウスも、レストランも、土産物屋も、閑古鳥が鳴いている状態ながらも営業しています。例年9月1日から二週間ほど行われているJ&K主催のラダック・フェスティバルはキャンセルされることが確実視されていますし、年末のロサルもお祝い事としては行われないと思いますが、各地のゴンパを巡って観光することには、何の問題もありません。

ただ、もしあなたが、疵ひとつない底抜けに幸せな思い出を作るためにラダック旅行をしたいと考えているのなら、今はおすすめできません。今ラダックに来れば、レーのバススタンド周辺やチョグラムサルなど、洪水の被災地が置かれている過酷な現実を、否応なく目にすることになるからです。

でも、今あなたが飛行機のチケットを手にしていて、自分自身が楽しむだけでなく、ラダックが今置かれているありのままの現実も見ておきたいと考えているとしたら、どうぞ、ラダックにいらしていただければと思います。ラダックの人々は、けっしてあなたを「物見遊山なやつだ」などと拒んだりはしないはずです。

15万円から20万円かかるであろう旅行をキャンセルして、浮いたお金を義援金に回したほうが、ラダックの人々のためになる。そう考えている人もいるでしょうし、それも一理あると思います。でも、ニュースや写真ではなく、自分自身の目で被災地を見て、そこで何かを感じ取り、ほかの誰かに伝えることは、義援金の銀行口座にお金を振り込むことと同じかそれ以上に、ラダックの人々のためになることだと思うのです。

ラダックでの旅行を終えて日本に帰国し、家族と一緒にテレビを見ながら夕食を食べている時でも、遠いラダックの空の下では、瓦礫の山の前にしゃがみこんでひざを抱えている女の子がいるということ。そうしたもうひとつの現実を感じ取り、彼らの痛みを胸の中に抱き続けていく。それもまた、とても大切なことではないかと僕は思います。

2010年8月17日

笑顔の効用

昨日の夜、ノルブリンカ・ゲストハウスに、一家の息子たちの友人のサムテンがやってきました。

ラフール出身の彼は、以前はLeDEGで働いていましたが、今はフランスのNGOのスタッフとして、ヒマーチャルとラダックを行き来する生活を送っています。僕自身も、かつて「ラダックの風息」の取材を始めたばかりの頃、当時LeDEGのスタッフだった彼の紹介でシャクティにファームステイさせてもらうなど、彼にはずいぶん世話になっていました。

サムテンは頭の回転がとても速い、面白い男なのですが、昨夜の彼は、いつにもまして陽気にふるまっているように見えました。自分のラップトップパソコンに入っているいろんなムービーをみんなに見せたり、突然突拍子もないことを言い出したり...。

「タカ! 俺がラダックでアラク(蒸留酒のどぶろく)を大量生産するから、お前は日本にそれを輸入して売ってくれよな! そうすれば大儲けだ!」
「オッケー! じゃ、東京中のフレンチレストランに、ワインの代わりにアラクを置いてくれって頼むことにするよ!」

そんなバカなことをみんなで言い合いながら、昨日はひさしぶりに賑やかな夜を過ごしました。ここ数日、風邪気味でぐったり寝込んでいたデチェンも、みんなと一緒に楽しそうな笑顔を浮かべていました。

考えてみると、あの洪水が起こって以来、僕たちは笑顔でいることをすっかり忘れていたように思います。宿の息子のジミとツェリンは、毎日チョグラムサルに救助活動に出かけていって、夜遅くにクタクタになって帰ってきていましたし、デチェンは夜中に通り雨が降るたびに「また雨だよ。近所の学校の校庭に避難した方がいいんじゃないかねえ?」とおろおろしていました。

僕自身も、トレッキングを終えてからさんざん回り道をして戻ってきて、間髪入れずに被災地の撮影に行ったりしていたので、身体にも心にも、疲れがどんよりと澱のようにたまっていました。メインバザールで誰かと顔を合わせても、「誰それは無事なのか?」「あの道は通れるようになったのか?」とか、そんな会話ばかりでした。

でも、その日の夜にみんなでバカな話をして笑い合ったことで、そうして溜まっていた疲れがふっと消えていくような気がしたのです。笑いたい時に笑うということ、お互いに笑顔を見せ合うということは、とても大事なことなのだな、と感じました。

死者を悼む気持ちは忘れてはいけませんし、怪我をした人、家や畑を失った人に対する同情も忘れてはいけないと思います。でも朝から晩までそのことばかり考えていると、いつかぽっきりと気持ちが折れてしまう。だから、笑顔でいられる時は笑顔でいよう。そうすることが、次に進んでいく力に繋がるような気がするのです。

ラダックの人々が、一日も早く元の屈託のない笑顔を取り戻せるように、できるかぎり力になろう。今はそう思っています。

2010年8月16日

そして人生はつづく

レーの街は、祭りが一番盛り上がっているさなかに突然何もかも打ち切られてしまったかのような、奇妙な空虚さが漂っています。

ほんの二週間前まで、街中を賑わせていた旅行者たちも、今はまばらに見かけるだけ。カウンターの後ろで頬杖をついている旅行代理店のオーナーも、骨董品店の軒先で椅子に座っているカシミール人の客引きも、これからどうしていいものやら、途方にくれているように見えます。

2010年8月6日未明、ラダックを襲った集中豪雨は、各地に甚大な被害をもたらしました。洪水によって寸断されていた道路や橋は徐々に復旧しつつありますが、レーの街の電話局が破壊されてしまった影響で、電話やインターネットは今なお不自由な状態が続いています。しばらくはこのブログも写真がアップロードできないことをご了承ください。

ここ数日、帰国後に募金活動をする際に必要な写真を撮影するため、僕はレーやチョグラムサルの被災地を訪れています。もっとも被害が深刻なチョグラムサルの被災地を見た時は、ただもう絶句するしかありませんでした。

北東のサブー方面から流れ落ちてきた土砂は、チョグラムサルの市街を斜めに横切って、行く手にあるものすべてをなぎ倒してしまっていました。人が両手で抱えても持ち上げられないような巨大な岩が、そこらじゅうに転がっています。街道沿いに連なっていた高さ二メートルほどもあるマニ壇も、すっかり土砂に埋もれています。へしゃげた屋根、崩れ落ちた壁、べったりと泥に埋もれた窓や戸口...。踏み潰された空き缶のように、ぺしゃんこになった車やトラック。まるで、ここ一帯に何発も爆弾が落とされたかのような、凄惨な光景でした。

壊れた家の前でしゃがみこむ人たちの傍らでカメラのシャッターを切りながら、僕はどうにもやりきれない、いたたまれない気持になっていました。どうしてこんなことになってしまったのだろう? 僕は、こんな悲しい写真を撮るために、ラダックにやってきたのだろうか?

でも、そうして写真を撮り続けているうちに、僕は昔見たある映画のことを思い出しました。イランのアッバス・キアロスタミ監督の「そして人生はつづく」という映画。監督が以前撮影した映画のロケ地であるイラン北部の村が大地震に見舞われ、映画に出演した子供たちの消息を監督自らが訪ねて回る、という物語です。

映画のスクリーン上には、地震で崩れた家々の無残な瓦礫の山が映し出され続けるのですが、どういうわけかその映画には、希望といってもいいほどの不思議な明るさが宿っていたように思います。たぶんそれは、被災地で途方にくれながらも、自らの足で立ち上がろうとする人々の強さ、けなげさが、スクリーン上に現れていたからかもしれません。

今度の洪水で被災したラダックの人々も、いつかきっと自らの足で立ち上がれるようになる日が来る。でも今は、彼ら自身の力だけで立ち上がることは難しいでしょう。あと二ヶ月もすれば、ラダックには冬が訪れます。食料や救援物資、建築資材を運び込むための道路も、雪で塞がって通れなくなってしまいます。家や畑を失った人々は、マイナス20度の極寒を耐えしのがなければなりません。少しでも早く、的確な、そして継続的な支援が必要です。

前のエントリーでも書きましたが、NGOジュレー・ラダックが、洪水被害復興支援の義援金の募集を始めています。ジュレーラダックは日本在住のラダック人の方が代表を務めるNGOで、現地スタッフのほか、ラダックの人々との人脈も豊富なので、今のところ、日本からもっとも効果的に支援することのできる方法だと思います。

このエントリーを読んで、「ひどいね、かわいそうだね」と思った後、「さて、今日の夕食は何にしよう?」と30秒ですべてを忘れ去ってしまうことは簡単です。「いや、自分は募金とかそういうことをするタイプじゃないから」と、うやむやにしてしまうことも簡単でしょう。それはそれで仕方ありません。でも僕には、そんなことはできない。自分にかけがえのない時間を与えてくれた場所、大切な人々が、目の前でこれほどの危機に瀕しているのを、黙って見過ごすわけにはいきません。

このエントリーを読んでくださった方は、家族や友人、職場の同僚の方など、一人でも多くの人に、ラダックのこと、ラダックの人々が今直面している危機のことを伝えてください。そしてもしよかったら、ほんの少しでもいいので、上記の義援金にご協力ください。一人ひとりにできるのは、ささやかなことかもしれません。でも、そうした支援が一人でも多く集まれば、それはきっと、ラダックの人々が立ち直るための大きな力となるはずです。

家族や友人、家や畑を失ったラダックの人々の人生は、これからも続きます。一人でも多くの方からの支援をお待ちしています。

2010年8月15日

ラダック洪水被害復興支援の義援金について

2010年8月5日深夜に発生したラダックの洪水被害の件で、NGOジュレー・ラダックが、復興支援の義援金の募集を始めています。下記にてその内容を転載します。このエントリーをご覧になった方は、義援金についての情報が一人での多くの人に伝わりますよう、ご協力のほどよろしくお願い致します。

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ラダック洪水被害復興支援ご協力のお願い

8月5日木曜日の深夜、ラダックにて集中豪雨による洪水被害が発生いたしました。

当会では、日頃からラダック地方の支援や文化交流を一つの目的としており、日本そしてラダックの架け橋となり、活動の場を広げて参りました。そして、この有事にあたり、当会としましては、現地の被害状況の詳細が判らない現段階では有りますが、日頃培いました人脈及び情報等を活用し、ラダック地方の復興・支援を早期に開始しようと、義援金を募りたいと思います。

被害は、特にラダックの中心地レーとチョグラムサルで大きく、死者数は150名に達し、行方不明者も500名ほどと言われています。レーでは、家や畑の他、病院や電話会社、ラジオ局も被害があり、TV、ラジオ、電話のネットワークが繋がりにくくなっており、まだ円滑には被害状況の連絡が取れていない状況です。

現在、レー現地事務所スタッフが現地の状況を調査中で、義援金の用途としましては、現地復興とそのための活動費に限って使用させて頂き、用途が決定次第、現地の様子と共にホームページにてご報告をさせて頂きます。

ラダック地方は標高が高く、夏は短く、冬は非常に冷え込みます。現地におけるNGOや政府系機関等と協力して、早めの復興に尽力したいと思います。日頃から当会の活動を応援してくださいます皆様、また、ラダック地方にご興味をお持ちの皆様、何卒ご理解とご支援の程、よろしくお願いいたします。

また、ラダックの人々の一人でも多くの人命の救済と一日も早い復興を目指し、義援金に限らず、復興支援に対するアドバイスやご意見、復興支援活動のための窓口としての役割を多方面にわたって尽力したいと思いますので、これらに関しますご連絡も、当会事務局までお願い致します。

義援金の応募方法としましては、下記口座にお振込みをお願い致します。

■ お振込み先

<郵貯銀行>
  口座番号 00160-5-259992
  加入者名 JULAY LADAKH

※通信欄に「ラダック洪水被害義援金」と書いてください。
    ※領収書が必要な方は、通信欄に「領収書送付希望」と書いてください。

全国の金融機関から郵貯銀行口座への振込みも可能です。
その場合、以下の情報をご指定ください。

  銀行名 : ゆうちょ銀行
  店名 : 〇一九店(ゼロイチキユウ店)
  預金種目 : 当座
  口座番号 : 0259992
  受け取り人名 : ジュレー ラダック

Profile

  • 管理人:yama_taka
  • フリーランスの編集/ライター/フォトグラファー。2007年から2008年にかけて、ラダックでの長期取材を敢行。近い将来、再びラダックに赴くことを画策中‥‥。続きを読む »

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