稀な読書体験

ハーマン・メルヴィル『白鯨』上中下巻、読了。巨大な白鯨モービィ・ディックと隻脚のエイハブ船長の物語のあらましは、あまりにも有名なので子供の頃から知ってはいたが、原作自体を通読したことはなかった。しかし、まさかこれほどの「怪作」だとは、想像もしていなかった。

不安定にうつろう語り手、ツギハギのプロット、寓意に満ちた大仰な台詞、そして必要以上にテンコ盛りの鯨と捕鯨にまつわる(いささか上から目線の)うんちく。捕鯨船での自身の経験と寄せ集めた知識をありったけの情熱とともにぶち込んだ、メルヴィルの乾坤一擲の力作だったとは思うのだが、とにかく長いし、正直、途中から「何なんだこいつ……」と呆れながら読んでいた(苦笑)。

とはいえ、最終盤のピークオッド号とモービィ・ディックの激闘の描写は凄まじかったし、色んな意味で忘れられない読書体験にはなった。人生で一度くらいは、挑んでみてもいいかもしれない作品。

こういう、難解というか手強い大作に、今後も気が向いたらチャレンジしてみようかな。まだ読めていない古典の名作は、山ほどあるし。悪戦苦闘しながら読むのも、読書の愉しみの一つなのだろうし。

「WAR/バトル・オブ ・フェイト」


2019年(日本では2020年)に公開されたインド映画「War」(邦題「WAR ウォー!!」)の続編「War 2」(邦題「WAR/バトル・オブ ・フェイト」)が、YRFスパイ・ユニバースの1作として公開された。主演のリティク・ローシャンは続投だが、彼とともに前作で主演を務めたタイガー・シュロフに代わり、今作ではNTR Jr.が相手役を務めている。監督は前作のシッダールト・アーナンドからアヤーン・ムカルジーに交替。

かつて、インドの諜報機関RAWの凄腕エージェントだったカビールは、謎に包まれた国際的な悪の組織「カリ」に潜入すべく、フリーのエージェントを装って闇の世界で暗躍していた。その潜入の過程でカビールは、カリを信用させるため、恩人である上官、ルトラを自らの手で殺さざるを得なくなってしまう。ルトラを失ったRAWとインド政府は、カビールに対抗できるインド軍の精鋭、ヴィクラムを差し向ける。ヴィクラムとカビールとの間には、知られざる因縁があった……。

174分の上映時間は、息もつかせぬアクションシーンの連続で、圧倒されてずっと見入っていたら、終盤になって目が疲れて乾いてきて、ぽろぽろと涙が出てきてしまった。傍目には、戦いを終えたリティクとタラクが抱き合ってるシーンに感動して泣いてる、涙もろいおっさんみたいになってしまった(苦笑)。違うんだ、ドライアイなんだ……。

世界を股にかけた贅沢なロケ、あらゆる趣向を凝らしたアクション、主演二人の盤石のカッコよさ。物語自体は前作同様、少々無理筋な印象に感じたが、まあ、細けえこたあいいんだよ、という類の娯楽映画なのだろう、これは。

YRFスパイ・ユニバースの次作は、アーリヤー・バット主演の「Alpha」らしい。

初山歩きは、陣馬山へ


今日は、2026年最初の山歩き。ルートはおなじみの、陣馬山から高尾山までの縦走コース。特に干支の馬にちなんだつもりはなかったけれど、今年の初山歩きにふさわしい山ではある。朝のうちは冷え込んだが、ずっといい天気で、冷え冷えとした空気を吸い込みながら、地面を踏みしめて歩くのが愉しかった。

一泊二日で、名古屋へ

今年最後の仕事は、意外にも、地方への出張。一泊二日で、名古屋へ。ある大学で催されるラダック関連の研究会に、ゲストとして出席するため。

年末のこの時期、東京駅は混み合うだろうと思い、行きの新幹線の発車時刻より1時間以上も早く家を出たのだが、すでに中央線が非常ボタン押されまくりで大幅に遅れていて、東京駅でも新幹線乗り換え改札を抜けるのに20分近くかかってしまい、新幹線のプラットホームに出たのは発車3分前(苦笑)。ばったばたの出発と相成った。

名古屋に到着後、地下鉄を乗り継いで目的地へ向かおうとするが、駅の構内の構造が妙にわかりづらくて、何度も地図を確かめなければならなかった。同じ駅の構内なのに、出る改札によっては、目指す地上出口に通路がつながっていなかったり。あとで地元在住の方に聞いたのだが、駅などのインフラの整備に関しては、「とりあえず使えればいいでしょ」的な考えで、あまり予算をかけたがらない傾向がこの辺りではあるそうだ。お金は、使う時にはドンと使うが、そうでない時は……という気質であるらしい。

研究会とその後の懇親会はつつがなく終わり、その日の夜は、名古屋駅から徒歩7、8分のところで予約しておいたホテルに泊まった。そのホテルも隣の外資系のホテルも、インバウンドの利用者が多いようだった。名古屋のホテル代の相場も、インバウンドの観光客の急増で一時はかなり高騰していたものの、最近は少し落ち着いてきたらしい。宿の部屋自体は、コンパクトながら清潔で使いやすく、快適で、よく眠れた。

翌日は、午後の新幹線に乗るまでの間、街を少しぶらついて、栄の方まで歩いてみたりした。朝から営業してモーニングを出している喫茶店が多い。居酒屋やカラオケも妙に多い。年季の入ったファサードや看板も目につく。若い女性の服装が東京よりも華やかな印象(これは名古屋に限らないか)。

おひるは、名古屋らしいものを食べてみようと思い、地元で有名な味噌カツのお店に行ってみたのだが、開店直後なのにすでにとんでもない長蛇の列。時間の余裕はあったので、まあ並んでみるか……と、50分ほど待って入店し、10分でたいらげた(笑)。

名古屋は、東京からは新幹線で2時間もかからずに行けてしまう街だけど、あらためて訪れて一泊してみると、いろいろと気付かされることも多い。何だかんだで良い経験になった。あさってには再び新幹線に乗って、関西方面に帰省する。また荷造りしなければ……。旅の日々はもうしばらく続く。

「落下の王国」


二十年近く前から、ラダックのパンゴン・ツォをはじめ、世界各地にある鮮烈な風景の数々を舞台に撮影された「落下の王国」という映画がある、という話は聞いていた。当時は日本にいなかったし、その後も目にする機会はなかったのだが、最近になって、公開当時はカットされていたシーンを追加された4Kデジタルリマスター完全版が上映されはじめた。動員は予想以上に好調で、早々と興収1億円を突破したという。僕も、池袋の映画館でBESTIA上映される回を観に行ったのだが、平日の午後だったのに、ほぼ満席だった。

舞台は二十世紀初頭、米国のとある病院。オレンジの収穫中に木から落ちて腕を骨折した移民の少女、アレクサンドリアは、映画の撮影でスタントに失敗し、橋から川に落ちて下半身不随の大怪我を負ったロイと、ふとしたきっかけから話をするようになる。ロイはアレクサンドリアに、六人の勇者たちが悪者たちに立ち向かう冒険の物語を、思いつくままに語り聞かせはじめる。それは、彼女をうまく懐柔して、自分が命を絶つための薬を彼女に持って来させるためのものだったのだが、やがてその物語は壮大な叙事詩となり、アレクサンドリアだけでなく、人生に絶望した語り手のロイ自身にも影響を与えはじめる……。

ロイがアレクサンドリアに語り聞かせる物語は、彼が適当に思いつくままにしゃべる作り話で、時にはアレクサンドリアのリクエストも加わったりするので、辻褄もあっていない、奔放で、何でもありの空想世界になる。何でもありだからこそ、風景も衣装も演出も、すべてにおいて極限まで美を追求することが可能になる。秀逸なアイデアだ。最近の映画のように安易にCGなどに頼らない、実在する風景と俳優と衣装による圧倒的な美の表現が、観る人の心に刺さっているのだろう。

後にも先にも、こういう映画は、なかなかない。映画史に残る作品だと思う。