ドキュメンタリーと嘘

ご無沙汰してます。前の更新から、ずいぶん間隔が空いてしまいました。ひさびさに戻ったレーの街は、例年よりも雪が多く、一面真っ白です。

ここ数週間ほど、僕はチャダルを辿って冬のザンスカールを旅していました。顔はすっかり雪焼けして、昨夜チャンスパのタシ・ギャルツェンさんの家に帰った時も、「顔、黒っ!」「誰?!」と家族の皆に笑われました。苛酷な長旅だったにもかかわらず、僕自身は体調もまったく問題なく、すこぶる元気ですのでご心配なく。

チャダルについてはまた改めて別のエントリーで書くとして、今回の旅の途中、一緒に旅してくれたザンスカール出身の友人、パドマ・ドルジェ君が、こんな話を僕にしてくれました。

2007年9月、NHK-BSで放映された「テンジンとパルキット ザンスカール高地の娘たち」という番組をご存じでしょうか。ザンスカール出身の二人の女性が、一人は結婚し、一人は尼僧になる道を選ぶ過程を追ったドキュメンタリーです。放映当時、僕はまさにザンスカールに滞在していたのでこの番組は見ていないのですが(‥‥まあ、日本でもうちのテレビじゃBSは観れないけど)、何人かの方がこの番組について「美しい映像とドラマチックな展開で、なかなか面白かった」とメールで報告してくれました。その後も何度か再放送されているようですし、このブログの読者の方なら、ご覧になった方も多いかもしれません。

このドキュメンタリー(原題「Becoming a Woman in Zanskar」)は、フランスのZEDという会社が制作し、フランス国内でもかなりの反響を呼んだものだそうです。2006年の冬に大勢のスタッフがヘリコプターでザンスカールに送り込まれ、大掛かりな撮影が行われました。しかし、パドマ君の話によると、その舞台裏では、いくつか首を傾げたくなるような「演出」が施されていたようです。

たとえば、このドキュメンタリーで紹介されているストンデ・ゴンパのグストルという仮面舞踊の祭りは、確かに以前は冬に行われていたのですが、何年か前からはカルシャ・ゴンパと同じように夏に行われているそうです。そのため、撮影スタッフは多額の謝礼をストンデ・ゴンパに支払い、わざわざ冬に踊ってもらったのだとか。またたとえば、ヤクやゾの群れが薪を運んでいるシーンなどでは、ストンデの村人に謝礼を払って村中のヤクやゾを集め、わざわざ木のあるところへ行って薪を積んで撮影したりしているそうです。

そして、このドキュメンタリーの見せ場の一つであるテンジンという娘の結婚式も、「撮影スタッフがお金を払って結婚式をやってもらったんだ」とパドマ君。というのも、ザンスカールはあまりに寒いので、基本的に真冬には結婚式をやらないのだそうです(知らなかった‥‥ラダックでは冬でもやるのに)。そしてパドマ君は「これは確かじゃないけど、あの娘が本当にその男性と結婚したのかどうかもよくわからない‥‥」とも。

僕自身が制作会社に確認して裏を取ったわけではなく、あくまで伝聞で知ったことなので断言はできませんが、パドマ君の話が事実だとすれば、残念なことです。このドキュメンタリーは多くの人々にザンスカールの魅力を知らしめたかもしれませんが、撮影スタッフが映像美や物語性を追求するあまり、ありのままの事実ではなく、いくつかの場面で作意と演出による映像を撮ったのだとすると‥‥少なくとも僕には、その価値はとても薄っぺらいものに感じられてしまいます。

僕自身も、日本ではインタビューを中心にした、ノンフィクションの文章を書くことを生業にしています。これから書こうとしているラダックについての本でも、そうした方が面白いからといって、嘘は絶対につかないようにしよう。そう改めて自身を戒めたいと思います。

4件のコメント

初めてコメントさせて頂きます。
実は大学の勉強の資料を検索していてここを覗きました。
現在ラダックに滞在していらっしゃると知り、興味深深です。
私もレーには、10年以上前に観光で一週間位滞在した事があります。が、その頃もそうでしたが、今でもそちらの情報が殆ど分らない状態であることに驚いてしまいました。
もし宜しければそちらの寺院の状況などについて質問させていただきたいのですが・・・
個人的なお願いで申し訳ないのですが、宜しくどうぞ。

>kyon2さん
はじめまして。コメントありがとうございます。僕でわかる範囲のことでしたら喜んでご協力します。プロフィールのページ(トップページ右上にリンクがあります)にメールアドレスを載せていますので、そちらからどうぞ。

チャダルに行かれてたのですか〜?
是非、その旅の話を、書いてくださいね!
ドキュメンタリー番組ですが…
番組の企画採用のプロセスとシステムに、問題がある…と、僕は思っています。
ドキュメンタリーなのに、あたかも、取材が既に終わっているような、詳細なストーリーが、企画立案時に、求められてしまいます。
ラダックに関しては、僕が製作した「氷の回廊」は、上記のスタイルではなく、まったくのアドリブを、全権許されていました。
(NHKの代表番号に電話して、売り込みに行ったのが、懐かしいですよ〜)
今考えると、当時の、チーフプロデューサーの、懐の深さに感謝しています。(当たり前のことなんですけどね〜)
ドキュメンタリーが、ヤラセに近づいて行っている番組を、数多く知っていました。
だから、手っ取り早く、タレントを連れて行く手法が、主流になっているのかもしれませんね〜
今は、高性能のカメラと、録音機が、非常に安価に手に入る時代です。
僕は、企画採用から始まる、ドキュメンタリーのシステムにではなく、自分で、ゼロから製作することを開始しました。
そのかわり、仕事として成立する難易度は高いですけどね…
機材の進化はありがたいですね〜
来年の冬は、絶対に、チャダルに戻ろうと、誓いを?たてています

>himalayaさん
おひさしぶりです。貴重なご意見ありがとうございます。やはり、映像によるドキュメンタリーというのは、企画立案時から制約が多いものなんですね‥‥。himalayaさんがゼロからご自身で制作された作品を目にすることができる日を楽しみにしています。
himalayaさんにはまだまだ及びませんが、僕も自分の本を仕上げるべく、引き続き取材をがんばろうと思います。

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