2024年夏のラダック・ザンスカール・ルプシュツアー、参加者募集中!

自分の居場所

ちょっと前の話になりますが、8月、シュゥブラを取材するためにシェイに滞在していた時、一人の面白い日本人に会いました。

彼の名前はケイタ君、22歳。ジュレーラダックの長期滞在プログラムに応募して、5月中旬から、シェイ、ティクセ、イグー、サスポルなど、さまざまな村に滞在して農作業を手伝ってきたそうです。

驚いたのは、彼がものすごく流暢なラダック語を喋るようになっていたこと。わずか3ヵ月ちょっとの滞在のうちに、日常的なやりとりではまったく困らないどころか、合間にちょっとしたヤンスパ(冗談)を交えながら話ができるようになっているのですから、驚異的な上達っぷりです。ほぼ同じ期間をラダックで過ごしていながら、単語を適当に並べるだけでろくに会話もできないでいる自分が、ちょっと恥ずかしくなりました。

「ラダックに来たばかりの頃は、ものすごくつらかったんです。周りの人が何を喋ってるのかさっぱりわからないし、黙ってたら『何で黙ってるんだ、何か喋れ』とか言われるし‥‥。だから、ラダック語の教本や辞書を買ってきて、必死になって勉強しました。でも、ある程度喋れるようになった今は、みんなと過ごしている時間がすごく楽しいんですよ」

実際、彼とシェイの村を歩いていても、「ケイタレ、ケイタレ」と、小さな子からじいちゃんばあちゃんに至るまで、大勢の人々がケイタ君に声をかけていましたし、それに受け答えしているケイタ君の顔も本当に嬉しそうでした。

そんな風に彼がラダックの人々の中に居場所を見つけることができたのは、彼がラダック語を喋れるからだけではありません。農作業や日々の雑用、そして特技である料理の腕前(そばやうどんも打てるそうです‥‥!)を活かした炊事の手伝いなど、自分ができることなら何でもやろうという意気込みで、一生懸命にラダックの人々の暮らしに溶け込もうとした彼の努力が、みんなに認められたからだと思います。

「ここに来る前は、ラダックに行きたい、というくらいしか、やりたいと思えることがなかったんです。でも今は、早く日本に帰りたいですね。帰ったらやってみたいことが、たくさん見つかったんですよ」

そう言って笑うケイタ君は、これから何らかの形でラダックという土地に関わる仕事をしようとしているのだと思います。それは決して平坦な道程ではありません。どちらかというと、つまづいたり、行き詰まったり、打ちのめされたりすることの方が多いかもしれません。

でも、たぶん大丈夫。ケイタ君には、ラダックという、自分の居場所があるから。

3件のコメント

yamatakaさーん!
お元気ですか?
ジュレーのsanaです。
ケイタレ!も日本に帰国し、
今は東京にジュレーのお手伝いにきてもらってます。
今週末にナマステインディアのイベントで
久々にケイタレに会う予定です。
ホント、yamatakaさんの言うとおり、
ケイタレのラダックへの溶け込みっぷりには
私も影響されて…
来年からなんとか2年、会社を休んで
ラダックに行こうかと計画中です。
とりあえずは12月に行くつもりなので、
(この前は全くゆっくりお話できなかったので)
今度またお会いできれば嬉しいです!
ではでは〜。

ケタレ、明日というか4時間後にナマステインディアで再会しますよ〜。
日本に帰ったケタレ、ちゃんと生活できているのか(笑)!?楽しみです!

>sanaさん
どうもです。ケイタレ、東京に来てるんですね。元気かな?
というか、sanaさん、さらっと書いてますけど、に、2年間ラダックですか? 僕より長いじゃないですか(笑)。
12月はもちろんですけど、もしご都合がつくようでしたら、11月の一時帰国中にでも一度お会いできるとうれしいです。ちょっとご相談したいこともあるので。
>アラリさん
ナマステインディアですか。うまい屋台がいっぱい出るんだろうなあ。お手伝いできなくてごめんなさい。がんばって!

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