2024年夏のラダック・ザンスカール・ルプシュツアー、参加者募集中!

サムライとマハラジャとマクドナルド(『旅は旨くて、時々苦い』未収録短篇)

ひさしぶりの更新です。早いもので、今年ももうすぐ終わりですね……。

2022年は、『旅は旨くて、時々苦い』という新刊を上梓することができた一年でした。この本には、当初の計画に沿って書いてはみたものの、最終的には収録を見送ったエピソードが一篇あります。草稿を書き上げて、一冊の本として全体の流れを確認した時、この短篇は残しても問題はないけど、思い切って外した方が、本としての統一感はより上がるかも、と感じたからです。

そうしてお蔵入りにしていた短篇を、ここに掲載しておこうと思います。よかったら、お時間のある折でもご一読ください。

サムライとマハラジャとマクドナルド Thailand, India

 旅に出たら、行く先々で、その土地ならではのおいしい食べ物を、なるべくいろいろ味わってみたいと思っている。ただ、異国の地では、いつも自分の口に合う食べ物にめぐり会えるとはかぎらない。何かの間違いで、想像していたのと全然違う料理が出てきてしまったり。同じ料理でも、すごくおいしい店があれば、そうでもない店もあったり。味は悪くなかったのに、食あたりで苦しむはめになってしまったり。
 旅での食事は、毎食、毎食が、軽めの博打のようなものなのかもしれない。そういう当たり外れがあるからこそ、旅は愉しいのだとも思う。ガイドブックなどでおすすめされている店にしか行かないのは、つまらない。
 でも、一日三回、毎食、毎食、そういう博打を続けていると、さすがに疲れがたまってくる。たまには、一か八かの勝負を避けて、どんな味か確実にわかっている、安心して食べられるものを選びたくなる。
 僕の場合、疲れがたまって胃腸が弱っている時や、長距離移動の直前には、勝負を避けたくなってしまう。短期間の旅ならローカル・フードだけで押し切ってもいいかもしれないが、数カ月や半年、一年など、長期にわたる旅だと、適当に小休止を入れてリフレッシュするようにした方が、うまく旅を続けていける気がする。
 そういう小休止では、僕は割とよく、ファストフードの店を利用する。マクドナルド、ケンタッキー・フライドチキン、バーガーキング、サブウェイなど、日本でもよく知られているグローバル企業のチェーン店。軟弱だな、と思われるかもしれないが、ある程度の期間の旅を経験した人は、こういう店に、結構助けられているのではないだろうか。特に、まだ旅慣れていない人にとって、ファストフードの店は、いざという時に安心して逃げ込める避難所のような存在だと思う。
 欧米諸国のように物価が高めの国々では、レストランやカフェで席に座るだけでもチャージがかかる場合がある。ファストフードなら気楽に居座れるし、食費も節約できる。日本と違って、ビールなどの酒類を提供しているファストフードの店も多く、レストランやバーで飲むより、断然安上がりだ。
 物価が安めの国々、たとえば東南アジア諸国やインドなどでは、ファストフードの店には別の利用価値がある。日中の暑いさなかでも、ファストフードの店なら、氷たっぷりのラージサイズのコーラを飲みながら、ゆっくり座ってクーラーで涼むことができる。タイやインドで、取材をしながらあくせく歩き回ることの多い僕にとっても、マクドナルドやケンタッキー・フライドチキンは、何気に貴重な休憩所になっている。とにかく、時々休んで涼まないと、暑すぎて、身体がもたないのだ。

 同じグローバル企業のファーストフードの店でも、国によって、メニューには結構違いがある。万国ほぼ共通のメニューもあれば、その国の人々の嗜好に合わせたらしいご当地メニューもたくさんある。
 タイのマクドナルドは、割と標準的なメニューを揃えているが、暑いからか、ドリンクの量は日本よりもかなり多めだ。ハンバーガー類では、甘辛い照り焼きにした豚肉のパティを挟んだサムライ・ポーク・バーガーというメニューが、以前からずっと人気のようだ。照り焼き豚肉に加えて目玉焼を挟んだショーグン・バーガーというものも、時々、期間限定で販売されている。豚肉と牛肉の違いはあるが、日本のマクドナルドで販売されている、てりやきバーガーやてりたまバーガーに、よく似ている。僕も、タイのマクドナルドではサムライ・ポーク・バーガーをよく注文しているが、何の違和感もなく食べられる味で、ちゃんとおいしい。
 日本で暮らしていると想像しづらいかもしれないが、海外では「テリヤキ」が日本と同じかそれ以上に人気があるそうで、タイの食堂や屋台でも、あちこちで「テリヤキ」を冠したメニューを見かける。文化や味覚の流れというのは、面白いものだなと思う。

 各国の中でも、インドのマクドナルドは、かなり特殊な部類に入るだろう。今のところ、デリーやムンバイなどの大きな街にしかなく、価格帯的には、中級レストランくらいの扱いだ。たとえば、デリー市街の中心部、コンノート・プレイスにあるマクドナルドに行くと、入口には常に、カーキ色の制服に身を固めたガードマンが立っていて、近づくと無言でドアを開けてくれる。
 店内に入って受付カウンターに並ぶと、壁面のメニュー表示が「ベジ」と「ノンベジ」にくっきり分かれているのに気付く。インドでは、宗教やカーストなどの理由で、肉や魚を口にしない人が多い。マクドナルドのベジメニューは、パティの代わりに、野菜コロッケのようなものを使っている。ノンベジメニューは鶏肉と白身魚が中心で、牛肉や豚肉は使われていない。ヒンドゥー教徒にとって、牛は神からの使いである神聖な動物、豚は不浄な動物ということで、それらの肉を口にするのは禁忌なのだ。インドでは以前、マクドナルドのフライドポテトの揚げ油に牛脂を混ぜたものが使われていたことが発覚し、ニュースで大々的に報道されて、全国規模で大騒ぎになったこともある。
 ほかの国々ではビッグ・マックに相当する、バンズとパティが二段重ねになっているハンバーガーは、インドでは、マハラジャ・マックと呼ばれている。ノンベジのマハラジャ・マックでは、ほんのりピリ辛に味付けされた鶏肉のパティが、ベジのマハラジャ・マックでは、カレー風味の野菜コロッケが挟まれている。
 チキンのマハラジャ・マックを注文して、両手の指をマヨネーズ風味のドレッシングでべとべとにしながら、口を開け、かぶりつく。味は、見た目からもだいたい想像できる通りの感じで、けっして悪くはない。ただ、ここまでくると、もはやマクドナルドのハンバーガーなのかどうか、よくわからなくなってくる。
 マハラジャ・マックをコーラやフライドポテトとセットにすると、インドの安食堂なら二、三回は食事できそうな値段になるのだが、店内は、大勢のインド人でいつも賑わっている。ここ最近、インドで増えてきた中間層の人々なのだろう。パリッとした洋服を着ている人がほとんどで、みな、手元でスマートフォンをいじっている。そういえば、昔よりも少し太り気味の人が増えてきたような気もする。
 ハンバーガーを食べ終え、ケチャップをつけたフライドポテトをつまみつつ、コーラをストローで吸いながら、ぼんやり思う。自分はこの街で、マクドナルドに逃げ込みながら、今日もどうにかこうにか、生きて、旅をしているのだな、と。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です