昨日の夜、ノルブリンカ・ゲストハウスに、一家の息子たちの友人のサムテンがやってきました。
ラフール出身の彼は、以前はLeDEGで働いていましたが、今はフランスのNGOのスタッフとして、ヒマーチャルとラダックを行き来する生活を送っています。僕自身も、かつて「ラダックの風息」の取材を始めたばかりの頃、当時LeDEGのスタッフだった彼の紹介でシャクティにファームステイさせてもらうなど、彼にはずいぶん世話になっていました。
サムテンは頭の回転がとても速い、面白い男なのですが、昨夜の彼は、いつにもまして陽気にふるまっているように見えました。自分のラップトップパソコンに入っているいろんなムービーをみんなに見せたり、突然突拍子もないことを言い出したり…。
「タカ! 俺がラダックでアラク(蒸留酒のどぶろく)を大量生産するから、お前は日本にそれを輸入して売ってくれよな! そうすれば大儲けだ!」
「オッケー! じゃ、東京中のフレンチレストランに、ワインの代わりにアラクを置いてくれって頼むことにするよ!」
そんなバカなことをみんなで言い合いながら、昨日はひさしぶりに賑やかな夜を過ごしました。ここ数日、風邪気味でぐったり寝込んでいたデチェンも、みんなと一緒に楽しそうな笑顔を浮かべていました。
考えてみると、あの洪水が起こって以来、僕たちは笑顔でいることをすっかり忘れていたように思います。宿の息子のジミとツェリンは、毎日チョグラムサルに救助活動に出かけていって、夜遅くにクタクタになって帰ってきていましたし、デチェンは夜中に通り雨が降るたびに「また雨だよ。近所の学校の校庭に避難した方がいいんじゃないかねえ?」とおろおろしていました。
僕自身も、トレッキングを終えてからさんざん回り道をして戻ってきて、間髪入れずに被災地の撮影に行ったりしていたので、身体にも心にも、疲れがどんよりと澱のようにたまっていました。メインバザールで誰かと顔を合わせても、「誰それは無事なのか?」「あの道は通れるようになったのか?」とか、そんな会話ばかりでした。
でも、その日の夜にみんなでバカな話をして笑い合ったことで、そうして溜まっていた疲れがふっと消えていくような気がしたのです。笑いたい時に笑うということ、お互いに笑顔を見せ合うということは、とても大事なことなのだな、と感じました。
死者を悼む気持ちは忘れてはいけませんし、怪我をした人、家や畑を失った人に対する同情も忘れてはいけないと思います。でも朝から晩までそのことばかり考えていると、いつかぽっきりと気持ちが折れてしまう。だから、笑顔でいられる時は笑顔でいよう。そうすることが、次に進んでいく力に繋がるような気がするのです。
ラダックの人々が、一日も早く元の屈託のない笑顔を取り戻せるように、できるかぎり力になろう。今はそう思っています。
ゲストハウス皆さんの無事を聞いてほっとしました。
一日も早く前の生活に戻れるといいですね。
>匿名さん
ありがとうございます。被災した場所が復旧するまでにはかなり時間がかかると思いますが、頑張ってほしいなと思います。