チャダル(2):グル・ド〜ニラク

ザンスカールでは冬になると、外界との交通路にある峠がすべて雪で塞がってしまいます。そんな厳しい冬のさなか、凍結したザンスカール川の上に現れる唯一の道‥‥人々はそれを「チャダル」と呼びます。遠い昔から使われてきたその幻の道を辿ることが、今回の旅の目的です。

僕たちはレーからチリン方面行きのバスに乗り、終点のグル・ドという地点で下車。その日はザンスカール人が経営する茶店に泊まり、これから始まる長旅に備えました。

翌朝、いよいよ出発。左手には、マルカ谷へと続く川の分岐点が見えました。

凍結した川の上に降り立ちました。足の下数十センチのところでは川の水がごんごん流れてるのかと思うと、どうにも落ち着きません。パドマ君の後をトレースしながら、おっかなびっくり、歩きはじめます。

氷の状態の悪いところでは、崖や岩場を登って迂回します。僕の目から見るとどこから登ればいいのかもよくわからないのですが、3人の仲間たちは巧みに足場を確保して、重い荷物を担いだままひょいひょいと登ってしまいます。さすが。

この時はまだ上から写真を撮る余裕があったのですが、この後、カメラバッグを開けることもままならないような険しい登りが行く手に数多く待ち受けているとは、正直思っていませんでした。

意外に思われるかもしれませんが、氷のコンディションさえよければ、チャダルを歩くことは夏場のトレッキングよりも楽です。氷の上はとにかくフラットなので、足を滑らせないように気をつけてさえいれば、川沿いの白い遊歩道を歩いているような気分になります。

ルート上で村がないところでは、川沿いの洞窟に泊まります。初日の幕営地は、バクラ・バオと呼ばれる洞窟。その昔、ザンラ出身のクショ・バクラ・リンポチェがお泊まりになったことがあるという、とても小さな洞窟です。入口には風除けの石が積んであります。

洞窟の周囲から薪を集めて火を起こし、濡れた靴や靴下を乾かします。パチパチとはぜる火を眺めながら、彼らの間でどんな会話が展開されているのかというと、「グル・ドにいたネパール人の女の子はかわいかった」とか、「どこそこのあいつの女房はどーたらこーたら」とか、女の話ばかり。しまいには僕に「タカ、お前がレーのチャンスパで泊まってる家に、若い女の子がいるだろ?(何で知ってる? ドルマ・ツェリンが電話に出たのかな?) かわいいのか?(うんまあ確かに) だったら結婚しちゃえばいいのに!」

‥‥というわけで、僕は彼らに「チャンスパの婿養子」というあだ名をつけられてしまったのでした。

2日目の朝もいい天気。氷に対する恐怖心も次第になくなって、すたすた歩けるようになってきました。それにしても、周囲の景色のスケール感がすごすぎるので、あっけにとられてしまいます。

日当たりのいい川岸で昼飯。この日のメニューはチャイとメギ(インスタントラーメン)。五臓六腑に染み渡ります。ちなみにメギは、粉末スープの量を半分にするとちょうどいい塩梅の辛さになります。

下が透けて見えるほど透明な氷。とにかくツルツルなので、身体の重心を落として、小さな歩幅ですり足気味に歩きます。それでも時々、ツルッと滑る。コケると相当痛いので、なかなか大変です。

2日目の夜は、ディップ・バオという大きな洞窟に泊まりました。3日目は天気がイマイチで、歩いているうちに雪が降ってきました。昼飯はビスケットだけにして、ニラクという村へ急ぎます。途中、ユルチュンという村へ続く道の分岐点に、大きく傾いだシュクパ(ヒマラヤ杉)がありました。トゥンドゥプさんがその木の枝とタルチョの切れ端を取ってきて、「キキソソラギャロー!」と言いながら、僕のカメラバッグに結びつけてくれました。

僕がチャダルの本当の厳しさを思い知ることになるのは、この後でした。

2件のコメント

マクパレ、ジュレー(笑)。
こないだのツアーでも、サンゲにマクパとあだ名をつけられた参加者がいました。
いやいや…すごい大自然ですねぇ。
人間って本当にちっぽけな感じになりそう。
そして、私は絶対に氷の回廊歩けないな。
ヤマタカさんがいない日本の師走の終わり、私は雨の日に
マンホールの蓋で滑って救急車に運ばれておりました(笑)。
いや、全然今は問題ないんですが。

>アラリさん
こんにちは。チャンスペマクパです(笑)。彼らにはいちおう、「もしかしたら来年、日本のチョチョレが2人チャダルに来るかもしれないから!」と伝えておきました。日本のタバコをいっぱい持ってきてくれたら、タダで荷物運んでくれるそうです(笑)。

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