Days in Ladakh

カシミール情勢の緊迫について

2019年8月5日。この日は、カシミールとラダック、そしてインド全土からパキスタンに至るまで、かつてない激震の走った一日となりました。インド政府が突然、ジャンムー・カシミール州に特別な自治権を付与する憲法第370条の廃止を決定。それどころか、ジャンムー・カシミール州そのものまで解体し、ジャンムー・カシミールとラダックに分割し、それぞれを連邦直轄領とすることも発表したのです。

今ふりかえると、予兆は数日前からありました。大規模なテロ攻撃の可能性があるとして、カシミール一帯に滞在中の旅行者や巡礼者に対して退避勧告が発出されていたのです。しかし、それと時を同じくして、インド軍は合計で約8万人という、テロ警戒用としては不自然なほど大規模な部隊をカシミール方面に増派。スリナガルでは市民に対して移動や集会の禁止が命じられ、学校は閉鎖、電話やインターネット回線も遮断、地元の有力な政治家たちも自宅軟禁にされるなど、実質的な戒厳令下に置かれていました。すべては、ジャンムー・カシミール州の自治権の廃止と連邦直轄領化を実現するための布石だったのです。

ラダック人の仏教徒の人々にとって、ラダックの連邦直轄領化は、長年の宿願ではありました。イスラーム教徒が主導権を握るジャンムー・カシミール州政府の下では、ラダックに対してなかなか思うような予算が付かないことも多かったそうで、政府に対してラダックの連邦直轄領化を望む声は以前から多かったのです。

ただ、カシミールの人々にとって今回のインド政府の決定は、自分たちの民意とアイデンティティを完全に押しつぶされたと受け取られても仕方のない、性急で強引なものであることも確かです。州内のイスラーム教徒全員を敵に回したと言っていいほどの。それはカシミールだけでなく、ラダックでもカルギルなど西部を中心に多数暮らしているイスラーム教徒の人々ももちろん含まれます。パキスタン側の動きとの関連も含め、彼らが今後、いつどこでどのような反発を見せるのか、まったく予断を許さない状況です。

ラダックへは、これからお盆休みやシルバーウイークにかけて、大勢の日本人旅行者の方々が訪れる予定だと思いますが、外務省の海外安全情報をはじめ、最新の現地情報を常に収集するように心がけてください。特に、パキスタンとの停戦ラインに近い地域(カルギル、ヌブラ西部、ダー・ハヌーなど)を訪ねるのは、可能であれば控えた方が無難でしょう。不確定要素の多さで言えば、今年2月頃にインドとパキスタンがカシミールで武力衝突した際よりも予測が厄介なのでは、と僕は考えています。くれぐれもご注意ください。

最後に。インドよ、こんな強引なやり方のどこに、民主主義があるというのですか?

3 thoughts on “カシミール情勢の緊迫について

  1. 宮坂清

    こんにちは、この件、私も気になっています。
    モディ政権としては、総選挙で圧勝したその勢いのあるうちに、いつかやりたいと考えていたことをやったということなのでしょうが、事実上の軍事制圧であり、問題は解決せずおそらくさらに悪化するだけです。これまで我慢し続けてきたカシミールのムスリムたちが、今回の件でお先真っ暗になり自暴自棄になるということはじゅうぶんに考えられますし、そこにパキスタンや中国が絡む可能性まで考えたら、カシミール紛争史のなかでも最高度にまずい局面だと思います。
    ネットを通して見る限りラダック人仏教徒のかなり多くが連邦直轄領化を喜んでいるようにみえますが、手放しで喜んでいい状況とは思えません。ラダックの人口の多数派はムスリムです。カルギルとレーの間にはこれまでにない緊張が生じているはずです。地域メディアReach Ladakhはこの話題にほとんど触れていませんが、つまり報じるのが難しい状態になっているということだと思います。おそらくラダックにも軍が増派され、ギスギスした空気が流れていると思います。
    といいながら、とりあえず当面は大丈夫そうなので、9月に短期間ですがラダックに行くことにしました。いい機会なので様子をみてこようと思います。

    1. yama_taka Post author

      きよしさん、コメントありがとうございます。本当に、おっしゃる通りの状況だと思います。9月に現地にいらっしゃるとのこと、何か状況がわかりましたらまた教えてください。よろしくお願いします。

      1. 宮坂清

        こんにちは、ラダックから戻りました。
        短期間の滞在でしたが、現況の一部を掴むことができたように思います。まず、訪れてみてすぐの肌感覚としては、これまでとほとんど違いは感じられませんでした。空港の警備はこれまでと変わりなく、街に警察官が多いということもなく、街ゆく人たちの様子も変わりなく、宗教施設も開けっぴろげでした。ただしこれはもちろん街の表層に変化がみられないというだけで、人々に「UT化(連邦直轄領化)について」話を聞くと多くの人が目の色を変えて熱弁を振るうことから、実際には激変していることがよくわかります。

        まず、ぼくが話を聞いた一般のラダック人仏教徒の多くは「やや不安はあるが、基本的には大喜び」でした。具体的には、泊まっていたゲストハウスの家族、調査を手伝ってくれた旅行会社の関係者らです。「50年以上も要求し続けてきたUT化が実現したんだ、めちゃうれしいよ、当たり前だろう」というかんじです。また、レーの街のエリートたちに話を聞きに行きましたが、彼らも一様に満面の笑みでした。仏教徒代表(Ladakh Buddhist Association会長)、ムスリム代表(Anjuman Islamia Leh副会長)、女性代表(Womens Alliance muslim wing)、国民会議派代表、地域メディア代表(Reach Ladakh)です。やや意外だったのは、ラダック人ムスリムの、少なくともエリートたちは、UT化を歓迎しているという事実です。カシミールとの関係が切れてラダックがUTとなれば、仏教徒に主導権を握られるのでは、という意地悪な質問をしても、そんなことはない自分たちは同じラダック人だ、と反論されました。

        他方でもちろん状況を大いに嘆いている人もいます。その代表がカシミール人たちです。宝飾店や八百屋などレーには出稼ぎのカシミール人商店主がたくさんいます。彼らに話を聞くと、それはもう涙ながらに、このひどい状況をなんとかしてくれ、自分たちは自由が欲しいだけなのにどうしてこんな仕打ちをされるのだと訴えてきます。カシミールでは通信網が遮断されていて家族と電話もSNSもできない、家族がどうしているか心配でたまらないといいます。そしておそらく自分たちはカシミールに戻ることはできるが、その後カシミールから出ることはできないだろうとも。

        そして微妙な立場にあるのが、ラダックの一般のムスリムたちです。レーの一般のムスリムに何人かUTについて話を聞かせてくれと依頼しましたが、一様に断られました。カルギルではUT化が発表されてからしばらくデモが相次いだり、抗議のため商店が営業を取りやめたりしたそうです。その後平常に戻っているそうですが、複雑な心境にある人はおそらくいまも多いのではないかと思います。一例として、UT化に向けたレー地区とカルギル地区の話しあいがされており、UT化を歓迎するということで一致しているようですが、UTの名称はまだ結着していないとのこと、つまりカルギル地区は、「UTラダック」ではなく「UTレー&カルギル」という名称を求めているそうです。「ラダック」だとレーの仏教徒に主導権を握られる、でも「レー&カルギル」であればカルギルのムスリムも存在感を失わずに済むということなのでしょう。水面下で地域アイデンティティを巡る攻防が続いています。

        今回いろいろな人に話を聞いてみて、その人がどのような立場にいるかにより、話の焦点、そしてそれについての意見が大いに規定されるということが改めてわかりました。当事者はそれぞれ自身の生活者としての立場から見ている、あるいは見ざるをえないということです。そして見逃せないのは、それぞれの立場の断絶具合が際立っているという点、つまり喜んでいる人のすぐ隣に絶望に打ちひしがれている人がいるという点です。この断絶の大きさをみると、この地域が真に安定するのはまだまだ先のことかもしれないと思ってしまいます。

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