Days in Ladakh

荒地で一人、石ころを積む

2007年5月、ラダックで足かけ1年半にわたる取材を始めたばかりの頃。僕はサクティの農家に居候しながら、畑仕事の手伝いをしていました。畑仕事はもちろん、チャイの作り方もろくに知らなかった僕が、家の人に「これをやっておいてくれ」と言われたのは、家畜たちを放しておく牧草地を囲む石垣の修繕作業でした。

石ころを拾い集め、石垣の崩れかけた部分に慎重に積み上げていく。照りつける日射しの下、両手のひらに小さな擦り傷をたくさん作りながら、黙々と石を積み続けた午後。あの日のことは、今でもよく憶えています。

あれから十数年。僕はラダックで、あの日と同じようなことをずっと続けてきたような気がします。誰もいない荒地の只中で、たった一人、石ころを積み続けてきたのかな、と。

ラダックでの長期取材を終えて、2009年に「ラダックの風息」という本を完成させた後、僕はもうラダックでやるべきことをやり尽くした、と感じていました。でもその翌年、ラダックで大規模な土石流災害が起きて、600人もの人々が犠牲になった時、僕はラダックでも日本でも、まったく何もできませんでした。

日本では、ほとんどの人がラダックのことを知らない。そこがどんな土地で、どんな人々が暮らしているのか、何も知らない。僕自身がとても大切にしていることは、世の中に全然伝わっていないのだと、思い知らされました。未曾有の災害でラダックの人々が危機に陥っていても、見向きもされない。本当に、悔しかった。

だったら、伝えよう。自分の持っている力をありったけ振り絞って、ラダックのありのままを見つめ、伝え続けていこう。それは僕にとって、仕事でも義務でもなく、役割のようなものなのだ、と。

ラダックのガイドブック。雑誌記事。写真展。トークイベント。現地発ツアーのガイドの仕事。ラダックに関して自分にできることは、それこそ何でもやりました。それで自分という人間がどう評価されようが、どうでもいい。自分にとって大切な場所や人々のことを、伝え続ける。荒地で一人、石ころを積み続けるように、淡々と。

今年上梓された「LADAKH LADAKH」は、6人の写真家の方々をはじめ、大勢の人々の力を借りることによって生まれた本です。それは僕にとって、ラダックのことを世の中に伝えるために新たに積み上げた、一つの大きな石でした。だから、先日モンベル御徒町店で開催したトークイベントの会場に100人を超える方々が集まってくださったのは、本当に嬉しいというか、感無量でした。ありがとうございました。

十数年の歳月をかけて、荒地の只中で積み続けてきた、石ころの山。無駄な努力だ、そんなことをしても誰も見向きもしない、と、いろんな人に言われ続けてきました。でも今、僕が積み続けてきた石ころの山は、偶然そこを通りがかった人がぎょっとするくらいの高さにまでは、大きくなっているのではないかと思います。

その石ころの山も、何かの災害とか、あるいは戦争とか、どうにもならない強大な力によって、突き崩されることもあるかもしれません。でも、そうなったらそうなったで、僕はたぶんまた、一人で淡々と石を積みはじめるでしょう。何が起こってもあきらめずに、自分にできることを、ほんの少しずつでも。

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