カルナク地方を往くトレッキングは、8月4日の早朝からスタートしました。初日は、マルカ谷のトレッキングの終点だったシャン・スムドを出発し、標高5130メートルの峠、ゴンマル・ラの少し手前にある小さなキャンプサイトで幕営。夜は激しい雷雨に見舞われましたが、翌朝にはどうにか天候も回復しました。
二日目は、ゴンマル・ラを越えてニマリンまで下り、そこから標高6400メートルの高山カン・ヤツェを目指してひたすら歩きます。写真で左前方に見えるのがカン・ヤツェ。方向感覚を失ってしまいそうな高原のところどころに、目印の小さな石塚がありました。
標高5000メートルを越えるカン・ヤツェ・ベースキャンプで幕営した夜は、前夜よりもさらに激しい、雹混じりの雷雨に見舞われました。テントに穴が開いたり吹き飛ばされたりしてもおかしくないほどの状況下で、僕はただ、寝袋の中で身体を縮こまらせて天候の回復を祈ることしかできませんでした。
翌朝、朝焼けの光が射し染めるベースキャンプの周囲には、雲とももやともつかない白い水蒸気の塊が漂っていました。そうか、僕は生き残ったのか‥‥。
雨でずぶずぶにぬかるんだコンガ・ンゴンポという峠を越え、カン・ヤツェのふもとを北から西に回り込むようにして、斜面沿いの道なき道を進んでいきます。
途中、岩陰から出たところで、数頭のブルーシープの群れに遭遇。群れとの距離は、ほんの十数メートルしか離れていません。僕もびっくり、ブルーシープたちもびっくり。しばらく身動きせずに固まったまま、彼らと見つめ合ってしまいました。
三日目は、川沿いにあるヤクルパルという小さなキャンプサイトで幕営。その日の夕方、そして翌朝も、雷雨ではないものの、ラダックらしくない雨がしとしとと降り続きました。日中はそれほど雨に降られずにすみましたが、川沿いのトレイルは水を含んで緩くなり、普段は何でもないはずの浅瀬の渡渉にも神経を使わなければならなくなりました。
四日目は、何度か渡渉をくりかえしながら進んだところでいったん川を離れ、標高5050メートルのザルン・カルポ・ラという峠を目指します。道端に誰かが積んだ石塚の周囲を取り巻くように、小さな花々が咲いていました。
何度も息を切らして立ち止まりながら登っていくうちに、ようやく、峠の頂上にはためくタルチョが見えてきました。まるで、雲を歩いて越えようとしているような気分です。
ザルン・カルポ・ラの頂上から、南のカルナクを臨む風景。空に突き刺さりそうなほど切っ先の鋭い山々。桁外れのスケールの大きさに、言葉が出てきません。この峠は三叉路になっていて、南に下る道はカルナクへ、西に下る道はザンスカールへと続いています。
ザルン・カルポ・ラを下って、その日の幕営地であるツォクラというキャンプサイトを目指していると、馬たちとともに先行していたメメレが、「だめだ、チュ(水)がいっぱいだ! 進めない!」と、大声で僕に知らせてきました。近づくと、馬でさえ足をすくわれて流されてしまいそうなほど猛り狂う濁流が、行手を塞いでしまっていました。‥‥こんな川、本当に渡れるのか? 僕らは先に進めるのだろうか?
翌日の早朝に川の水量が少しでも減っていることを祈りつつ、この日はやむなく川の手前でキャンプを張ることになりました。
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