ダトの近くの湿原で幕営した夜は、このトレッキングで初めてぐっすり眠ることができました。翌朝はひさしぶりによく晴れた、気持のいい朝。出発してしばらく歩いていくと、谷が開け、見渡すかぎりの平原が広がっていました。
二時間歩いても、三時間歩いても、周囲の風景はまったく変わっていないように思えてきます。僕はカメラバッグを担いで、ひーこら言いながら歩いているのですが、メメレはいつものように自分専用の馬にまたがって、のんびりと手綱を握っているのでした。
ラダックらしい、ダイナミックな空と雲と山のコントラスト。この場所で、標高は4200メートルくらいあるはずです。やっぱり、ラダックはこうでなくちゃ。
最後の峠、標高4950メートルのヤル・ラの手前でキャンプを張ることにしました。テントを張った後、草の上に坐って風に吹かれながら、思い思いに草を食む馬たちを眺めていると、昨日までのきわどい行程がまるで夢であったかのように思えてきます。
僕のテントの近くに、大きな鳥の羽根が落ちていました。山鳩か、それとも鷲か‥‥。手が届くはずのない自然に、ふとしたはずみで直に触れることができたような、不思議な気分になりました。
翌日は、ヤル・ラを歩いて越えます。前日のキャンプ地とそれほど高度差がなかったので、割と楽な登りでしたが‥‥やっぱり息が切れます(笑)。見上げると、まるで宇宙が目の前に近づいてくるような気がしてきます。
ふと足元を見ると、まぎれもない、タンポポの花が。こんな標高の高いところに‥‥。
ヤル・ラを越えた後、この旅で最後のキャンプサイトになるはずのルングモチェに向かいます。途中、颯爽と馬にまたがったカルナクの遊牧民のおっさんに出会いました。カッコイイなあ。
ルングモチェは、きれいな小川のほとりにある、気持のいいキャンプサイトでした。暖かな陽射しの下、せっけんを使って一週間ぶりに頭と身体を洗い、ヒゲを剃りました。
ルングモチェで幕営した日の翌朝、レーから迎えに来てくれるはずのジープを待っていたのですが、三時間待っても来ません。何かトラブルがあったのかもしれないと思った僕たちは、マナリ〜レーロードに出るあたりまで歩いていってみることにしました。
途中、カルナクの遊牧民たちが飼っている何百頭もの羊の群れが、悠然と草を食んでいました。
羊の群れを追っていた、カルナクの遊牧民のおっさん。自慢のサングラスと数珠の取り合わせがファンキーです(笑)。
この日、7時間かけてマナリ〜レーロード沿いにあるディブリンというテントホテルに辿り着いた僕たちは、そこで初めて、大雨が引き起こした洪水によって、マナリ〜レーロードがルムツェの近くで大規模に寸断されてしまっていることを知りました。「わしは様子を見ながら馬たちとゆっくり戻るよ」というメメレと別れ、僕はそこからヒッチハイクをくりかえし、ツォ・カルからマヘ橋、チュマタンを経由する迂回路を辿って、二日がかりでレーに戻ることができました。メインバザールで再会したラダックの友人たちが「タカ! お前、無事だったのか!」「今度という今度は、まじでヤバいと思ってたよ!」と、がっしりと肩を抱いたり手を握ったりして出迎えてくれたのが、心の底からうれしかったです。
あらためて振り返ってみると、このカルナクでのトレッキングは、本当に一か八かのきわどい場面を、いくつもの幸運に助けられながら切り抜けていった旅だったな、という気がします。そしてそれは、ヘタレな僕の力によるものでも何でもなく、自然がたまたま僕の存在を見逃してくれただけだったからだとも思います。
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