Days in Ladakh

それでも僕は、荒地で石ころを積む

去年の春、このブログで、こんな文章を書きました。

荒地で一人、石ころを積む

ラダックという土地で僕が今までやってきたのは、誰もいない荒地で一人、石ころを淡々と積んでいたようなもので、でもその石ころの山も、今はそれなりに大きな山になっているのかも、という文章でした。積み上げたその山も、災害とか、戦争とか、どうにもならない事情によって突き崩されることもあるかもしれないけれど、とも書いていました。

これを書いてから今日までに、自分自身や世の中で起こった出来事をふりかえると、何というか、当たらなくてもいい予言が当たってしまった感が半端ないです(苦笑)。仕事で大切にしてきた信頼関係を反故にされたり。コロナ禍で海外取材に行くこともままならなくなったり。「地球の歩き方」事業譲渡の余波で『ラダック ザンスカール スピティ[増補改訂版]』の出版社在庫が処分されることになったり。積み上げてきた石ころの山が、あちこちでぽろぽろ崩れていくのを眺めているような心持ちでいます。

ただ、今の自分が凹んでいるかというと、そうでもなくて。トラブルの原因はすべて外部からの由来のものですし、こうなってしまったのは仕方ない、次だ次、と、結構さっぱりと開き直っていたりします。

自分が、あの高さまで石を積み上げられるのは、もうわかっている。だったらまた、積み上げればいい。あの高さよりも、もっと上に。

今年の春に上梓した『冬の旅 ザンスカール、最果ての谷へ』は、僕にとって本当に大きな、節目の一冊になりました。企画から取材、執筆、編集に至るまでの各プロセスで、以前から自分なりに考えていた「旅の本」の理想形に一番近づけることのできた本だと思っています。未読の方で、ご興味をお持ちいただけるようでしたら、冬の休日に読む一冊にぜひ。

2021年の初夏には、ラダックについて書いた、新しい本を出します(まさに現在、鋭意執筆中です)。それとは別に、たぶん2、3年後になると思いますが、ラダックの旅行用ガイドブックも、完全に新しい形で作り直します。自分が伝えたいことは何なのか。それは自分にとって何なのか。そのことを常に自問自答しながら、自分にしか作れない本を、一冊、一冊、作り続けていこうと思います。たとえ、それらの本が、世の中の大半の人々にとっては取るに足りない石ころであったとしても、積み上げる価値は確かにあるはずだ、と信じて。

そのためにはまず、今のこの難しい時期を、心身の健康と日々の生活をきちんと整えながら、乗り切っていかなければ、とも思います。でないと、頑張ろうにも何も始められないですから。なので、みなさんも、健康と生活を大切に。しっかり、サバイブしていきましょう。

2 thoughts on “それでも僕は、荒地で石ころを積む

  1. 渡辺 和子

    冬の旅ザンスカール、ワクワクしながら一気に読んでしまいました。私は2年前の7月3週間ほどラダック、ザンスカールを旅しました。そのときとは季節が全然違いますが夏でも自然の厳しさをとても感じました。是非また訪れたい場所のナンバーワンです。

    1. yama_taka Post author

      ありがとうございます。いつかまた、ラダックやザンスカールに普通に行き来できるようになったら、ぜひ。

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