午後、八丁堀で2件の打ち合わせ。編集プロダクションの方との顔合わせと、僕が提案した新企画のプレゼン。後半のプレゼンは、先方の出版事業本部長の方と、今回の件を段取りしてくれたラダックガイド本の担当編集のTさんとを前にさせてもらった。
話の途中、「仕様を決めるなら、この本が参考になるかも」と部長さんが挙げた本があった。それは、Tさんが外部の女性編集者の方と作った、アジアンファッションをテーマにした本だった。華やかで感じのいい写真がふんだんに使われているだけでなく、編集もすごく凝っていて、何というか‥‥女の子がこれを読んだら、自然と口元が緩んでくるような、そんな楽しげな本。最初に出したのが好評だったので、翌年、第二弾も出したのだという。
プレゼンの後、Tさんと二人で会議室に残って今後の方向性を話し合っていた時、このアジアンファッションの本の尋常でない編集のこだわりっぷりを、版元側の編集担当でもあったTさんは熱心に説明してくれた。
「すごいですね、ほんと。第三弾は出さないんですか?」
すると、Tさんはちょっと唇をかんで、こう言った。
「出せないんです。亡くなったんですよ、この方。第二弾を出した半年後に。ガンだったそうです」
思いがけない返答に、正直、僕は面食らった。
「最初の本を作っていた時、彼女は自分の病気のことを知っていたそうですよ」
僕は視線を落として、手元にある本を、もう一度ぱらぱらとめくった。1ページ1ページに、笑顔が溢れている。自分に残された時間がわずかであることを知りながら、彼女はありったけの愛情を込めて、この美しい本を作ったのだ。そして彼女が立ち去った後も、本はこの世界に残り続け、人々の手に取られ、読まれている。
たかが本、なのかもしれない。所詮はただの紙の束、なのかもしれない。でも、僕たちのやってることは‥‥この本づくりという仕事は、きっと無駄じゃない。
胸の奥の方が、くっ、と熱くなった。がんばろう、と思った。