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自分らしい写真

写真家の石川梵さんが、「“決まり写真”はあまり好きではない。写真のよさは非演出の中にあるはず。現実は想像よりもずっと緩い」ということを書かれていたのだが、自分が日頃からうっすら感じていたことを言われた気がして、すとんと腑に落ちた。

僕自身、構図やポーズを作り込みすぎた写真というのはあまり好きではなくて、撮るかどうかは、その場の雰囲気や偶然に委ねてしまうところがある。狙って撮ることはあまりしないし、狙って撮る技術もあまりない。それは、専業の写真家として生きていくには致命的な欠点なのかもしれない。

でも、ラダックという場所で撮影の枚数を重ねてきた中で、僕が「自分らしい」と思える写真というのは、その場の偶然に身を委ねた中で、被写体との関係がたまたま映り込んだ写真なのかな、と感じている。自分の力でものにしたのではなく、対峙した人や風景に助けられた写真。その場所に、時間に、どっぷりと身を浸していたからこそ撮れた写真。あまり仕事にはならなさそうだけど(苦笑)、そんな写真をこれからも撮り続けていけたら、と思っている。

一年が過ぎて

3月11日。東日本大震災が起こってから、一年が過ぎた。

一年前のこの日、凄惨な光景が映し出されるテレビの映像を見ながら感じていたのは、「またか」という思いだった。その半年ちょっと前の2010年8月に滞在していたラダックでは、集中豪雨による洪水で600人以上の命が奪われていた。僕は、トレッキングで訪れていた山の中で、濁流に呑まれそうになりながらも命からがら生き延びたのだが、その後は土石流で変わり果てた被災現場の写真を撮って、日本に送ることくらいしかできなかった。自分にとってかけがえのない場所や人々を襲った悲劇を目の当たりにした時の無力感とやりきれなさ、情けなさは、胸の奥にこびりついたままだ。震災の映像を見た時、その感覚がまざまざと甦った。

東北や北関東の被災地に比べれば、当時の東京の状況はどうということはなかった。計画停電なんて、ラダックは無計画停電が当たり前だし(苦笑)、菓子パンを買い占めたところで、食べ切れずに腐らせるだけだし。自分自身については、必要な用心さえしていれば何とでもなる、と開き直っていた。ただ、自分が被災地の人々に対して何か効果的なことができるのかと考えると、ラダックの洪水の時と同じ無力感に苛まれて、暗澹とした気分になった。

震災から数カ月後、父が急に逝ったことも、僕と家族にとっては大きな打撃だった。去年の初め頃から実現を目指していたラダックのガイドブック企画も、こうした想定外の出来事でたびたび頓挫し、ほとんど諦めかけた時期もある。そんな僕を奮い立たせてくれたのは、日本で、ラダックで、僕を支えてくれたたくさんの友人たちだった。

ラダックの洪水や東日本大震災の時から感じていたあの無力感は今も消えないけれど、自分が選んだ生き方の中で、自分にできること、やるべきことを一つずつ積み上げていこう、という気持にはなれた気がする。僕にとって、それは本を作ること。それしか能のない役立たずだけど(苦笑)、やるしかない、と。

みんながそれぞれの人生の中で、できることを精一杯やっていれば、きっと誰かに繋がる。今はそう信じている。

閉店フェア

昼、外苑前のオフィスで、ラダックのガイドブックの打ち合わせ。僕が書き上げた原稿や写真などのデータ一式をデザイナーさんに渡し、編集者さんや印刷担当の方を交えて、今後の段取りなどを決める。いよいよ佳境に突入といったところ。とにかく、校了まで全力で突っ走るだけだ。

帰りに新宿に寄り道して、今月いっぱいで閉店することになったジュンク堂書店新宿店に行く。店内のあちこちで展開されている「閉店フェア」。書店員さんたちの手書きのポップには、本への思い入れと愛情と、この店を離れなければならない悔しさがにじんでいた。ジュンク堂自体の売上云々ではなく、三越が撤退してビックカメラにビルを一括賃貸するというツマラナイ判断をしたせいなのだから、なおさらだろう。

今、僕が携わっている本づくりという仕事は、本を売ってくれる書店がなければ成り立たないものだ。作り手と、売り手と、そして読み手。すべてが揃って初めて、本という存在が生命を持つ。自分一人の力で生きてるわけじゃないんだということを、忘れないようにしなければいけないな、と思う。

慣れっこになって

午前中に、三鷹駅ビル内の喫茶店で人と会う。相手はテレビ番組の制作会社の方。ラダックについていくつか聞きたいことがあるというので、お会いすることになったのだ。

相手の方は以前ロケハンでラダックに行ったことがあるそうなのだが、「へー、そうなんだ」と思ったのは、その方が「ラダックのあの剥き出しの岩山と青い空のコントラストは、視聴者にとって間違いなく鮮烈なインパクトを与えると思うんです!」と言っていたこと。そう言われてみれば、確かにそうだ。あまりにも慣れっこになってしまって、そういう新鮮味を味わう感覚をすっかり忘れかけていた(苦笑)。

あの岩山。あの空。日本には、あれを知らない人がまだまだ本当にたくさんいる。あれを見たら、どう思うのかな。

スライド作り

ちょっと悲しい夢を見て、いつもより早く目が覚めた。僕には珍しく、午前中からバリバリと仕事。いつもは、昼過ぎからでないとエンジンがかからないのだが。

3月24日にあるジュレーラダックのトークイベントで話す時に使うスライドを作る。ラダックの今について、初心者にもわかりやすくしながら、経験者にも「おっ」と思わせるポイントを練り込み、なおかつ写真もできるだけたくさん見せていく。制限時間が短いので大変だが、ま、早口でしゃべれば何とかなるだろう(苦笑)。あいかわらずの道路工事の騒音に悩まされれつつも、夕方までかかって、どうにか仕上げる。

まあでも、これは仕事とは言えないかも。ノーギャラだし(苦笑)。非生産的な一日であった。