旅行作家と旅写真家は滅亡するか

自分で文章と写真を手がける形で旅の本を作るようになって、かれこれ十数年が経つ。世間一般のカテゴリーにあてはめると、僕の職業は、旅行作家(トラベルライター)兼旅写真家(トラベルフォトグラファー)ということになるのだろうか。まあ、それ以外に編集の仕事もしているし、旅行関係以外の仕事も、あれこれやっているのだが。

で、この文章の表題になるのだが、旅行作家や旅写真家という職業がこれからの社会で生き残る余地は、ますます少なくなっていくと思う。今の時点でも、紀行文だけで食えている旅行作家は、国内でも数えるほどだろうし、旅の写真だけで生計を立てている旅写真家も、おそらくほんのわずかだ。ほとんどの人は、国内外でいろんな仕事を掛け持ちしながら、その中で旅行関係の文章を書いたり、あるいは旅先の写真を撮ったりして、依頼に応じてそれを仕事に変えている。

総収入における旅行関係の仕事の収入の割合は、誰も彼も、おそらくどんどん目減りしていると思う。旅の文章や写真の仕事ができる媒体が、めっきり少なくなったからだ。以前は僕も、雑誌の巻頭グラビアなどに写真紀行を時々寄稿していたが、最近は雑誌の数も減って、生き残っている各誌も予算は少なく、取材費も出ないところがほとんどだ。ガイドブックや旅行系ムックの取材や撮影も、ギャラの相場はどんどん下がっている。最近は、あちこちの旅行情報系Webサイトで、手持ちの写真と情報を使ってライトな記事を量産して、糊口をしのいでいる人も多いようにお見受けする。

Webを介した情報ツールの発達によって、旅のスタイルが大きく変わり、難易度が大幅に下がったことも大きい。Webで検索して調べれば、旅の情報収集からプランニング、ビザや交通手段や宿の手配まで、誰でも簡単にできるようになった。現地のSIMを入れたスマホを持っていれば、道に迷うこともない。最短距離で空港から宿まで直行し、絶景や名所旧跡は一カ所も見逃さず、食事も買い物も絶対にハズさない。性能の良いスマホのカメラで撮られた写真は、あっという間にSNSでシェアされていく。世界中のほとんどの場所への旅が、誰でも体験し、共有できるようになった今、旅行作家や旅写真家が求められる機会は、どんどん減っている。

たとえば、文章または写真が得意で、世界一周旅行をした人がいたとして、旅行記か写真集を運良く出せたとしても、その人が旅行作家あるいは旅写真家を職業としてずっと続けていくのは、今はとても難しい。実務経験の乏しい人が、文章力や撮影技術だけを売りにして、何か旅行関係の仕事がしたいと漠然と売り込みに行っても、たぶんほとんど相手にされない。WebやSNSには、素人目にはその人の作品とそう大差ない品質の、一般の旅行者による写真や文章があふれかえっているからだ。

さらに、昨年来のコロナ禍で、旅行作家も旅写真家も、あとしばらくは取材に出ることすらままならない。いつかはコロナ禍も沈静化し、旅行のニーズも復活してくるだろうが、すでに壊滅的なダメージを受けている旅行業界に、旅行作家や旅写真家を景気良く起用する余力が残っているとは思えない。

「文章や写真で、旅を仕事に」という、かつて多くの人が夢見たであろう道は、今やすっかり、いばらの道になってしまった。

それでも、職業としての旅行作家、あるいは旅写真家を目指していきたい、という人には、何かしらの特殊な武器が必要だと思う。特定の地域や文化に異様に詳しいとか、特殊な言語が堪能だとか、何か人には真似できないスキルがあるとか。そういう尖った武器がまずなければ、文章力や撮影技術で勝負できる土俵にすら登れない。そして、そういう武器をうまく活用できるようなアイデアを自分で企画し、提案し、実現する能力も必要だと思う。ほかの旅行作家や旅写真家と明確に差別化してもらえる尖った武器や企画を揃えて初めて、このいばらの道を切り抜けられる可能性が出てくる。

そうは言っても、これまでにある程度の実績を積んできた旅行作家や旅写真家は、たいてい、それぞれ何かしら特殊な強みをすでに身につけている。その間に割って入って、生き残ることのできる領域を見出すのは、たやすいことではない。僕も含め、多くの同業者がそうであるように、国内外でいろいろな仕事を掛け持ちしながら、その中で旅行関係の仕事ができるならうまく捌いていく、という取り組み方が、一番現実的な落としどころなのだろう。仕事を旅一辺倒にしてしまうとリスクが大きすぎることは、コロナ禍で証明されているし。

大切なのは、職業的な肩書きがどうとかではなく、文筆家として、あるいは写真家として、その人が旅というテーマを通じて何を生み出せるか、何を世の中に残せるか、だと思う。SNSで右から左に流れて一瞬で消費されるものではなく、人の心にずっと長く留め置かれるような価値のあるものを、作り出せるかどうか。基礎技術、武器となる強味、企画力、提案力、実行力、そして何より、熱意。それらを高いレベルで持ち合わせている人は、世の中がどうとか関係なく、必ず社会に爪痕を残す。

ふりかえって、自分は、どうだろうか。……全然、まだまだだな(苦笑)。頑張ります。

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