吉祥寺のひとり出版社、夏葉社を経営する島田潤一郎さん自身による初の著書「あしたから出版社」。島田さんの文章は今はもうなくなってしまったブログで何度か拝読していて、その飾らないユーモラスな文体がすごくいいなあと思っていたので、この本も読むのをとても楽しみにしていた。で、自分の本が校了した後の帰り道、三鷹の啓文堂書店でこの本を買い、その日のうちに一気に読んだ。
バイトや派遣の仕事を転々としながら作家を目指して悪戦苦闘していた島田さんは、これ以上ないほど仲のよかった従兄の死をきっかけに、残された叔父や叔母の心に寄り添うような本を作りたいと、一人で出版社を立ち上げる。自分自身のためにもがいていた人生から、大切な人のために本を作ろうとする人生へ。訥々と語られる会社の設立から現在に至るまでの日々を読んでいると、夏葉社の本がなぜこれほど多くの読者から支持されているのか、なぜ多くの出版人や書店からの共感を集めているのかが、よくわかる。やっぱり本は、誰かのためにこそ作られるべきものだから。
僕は出版社を営んでいるわけではないけれど、組織に属さず一人で本づくりの仕事に携わっている者として、この「あしたから出版社」に書かれている島田さんの言葉は、もう、どれもこれも身に沁みて、わかりすぎるくらいわかってしまって、とても他人事とは思えなかった。僕自身、二十代の頃は出版の世界で何者にもなれず、どん詰まりの日々を送りながら、地べたを這いずるようにして生きていたから。
この本は、島田さんがまえがきで書かれているように、出版の世界に限らず、社会の中でいろんな生き方を模索している人にも通じる内容だと思う。でも、本にまつわる仕事に携わっている人にとっては、ひときわ強く心に刺さる言葉がたくさん詰まっている本でもある。
読者に届けるべき本は、必ず、いい本でなければいけない。そうでないと、全部、意味がない。
ぼくは、そういう、あこがれるような本をつくりたいのである。
ただ、便利なだけではなく、読むと得をするというようなものでもない。もちろん、だれかを打ち負かすための根拠になるようなものでもない。
焦がれるもの。思うもの。胸に抱いて、持ち帰りたいようなもの。
本づくりに携わる人たちの中で、こうした言葉を読んで、励まされたり、逆にくやしさを感じたりする人は、きっと多いんじゃないかと思う。まったく何も響かないという人がいたとしたら、たぶん、何かが決定的にズレている。
ほんのささやかなものかもしれないけれど、僕たちがやっている仕事には、きっと何かの意味がある。そんな勇気を与えてもらった一冊だった。