関口良雄「昔日の客」

sekijitsuずいぶん前に買った本だ。仕事机の脇にあるスライド書棚の一番目立つ場所に挿しておいたのだが、ずっと手に取れないでいた。億劫というのとは、むしろ正反対の気持。せわしい仕事の合間とか、悩みごとで心がざわざわしてる時とかに読んでしまいたくなかった。穏やかな気持でいられる日に、他の何にも邪魔されずに静かにページをめくりたかった、とっておきの本たちの中の一冊だった。

昔日の客」は、かつて東京・大森にあった古書店、山王書房の店主、関口良雄さんが生前に書き溜めていた随筆をまとめた本だ。長らく絶版になっていたこの本を2010年に夏葉社の島田さんが復刻させたことは、当時かなり話題になった。生前の関口さんは尾崎一雄さん、上林暁さん、野呂邦暢さんといった名だたる文学者たちとも深い交流を持っていたそうで、実家が近くにあった沢木耕太郎さんも、若い頃によく山王書房に足を運んでいたと「バーボン・ストリート」に書いている。

この「昔日の客」では、数々の文学者の方々との交流はもちろん、お店にふらっと現れては思い思いの古本を買っていくお客さんたちの横顔や、遠い昔の父親の死や淡い恋の記憶などが、控えめでありながら深く、時にユーモアを湛えた文体で綴られている。何よりも、主役は「本」なのだ。本がすべての人々を、どこかで結びつけている。登場する一人ひとりの、そして関口さん自身の本に対する愛着には、読みながら幾度も胸に込み上げるものがあった。

本は、時に人と人とを出会わせたり、届かないはずの思いを伝えたり、ちょこっと人生を変えたりする。幸運にも僕は、本を作るという仕事に携わらせてもらっている。あらためて誇りに思うし、これからも気を引き締めて、一冊々々、少しでもいい本を作る努力を積み重ねていかなければ、とも思う。

願わくば、往時の山王書房を訪れてみたかった。

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