二十代の初めの頃、色川武大の「うらおもて人生録」という本を読んだ。かつては筋金入りの博打打ちとして幾多の修羅場をくぐってきた彼は、カタギになるために小さな出版社で働きはじめた頃、自らに三つの約束事を課した。
一つめは、一カ所で淀まないということ。いいところならともかく、悪い条件のところは、自分の生きたいように生かしてくれない。少しでも自分らしく生きるために、一つのところに満足したりあきらめたりしないようにする。
二つめは、階段は一歩ずつ、あわてずに昇るということ。その時の自分の実力に合わせて、決して先を急がない。焦って二、三段駆け上がると、転んだり落っこちたりする。いいところに行きたいなら、そのための力をつける。
三つめは、でも決して後戻りはしないということ。一度昇った場所でやったことに対しては、きちんと責任を持つ。きついからといって楽な方に安易に逃げない。
僕は色川さんのように冷静な勝負眼を持ち合わせているわけではなく、かなり、いや相当に行き当たりばったりな人生を過ごしてきた。でも、自分の職歴について振り返ってみると、結果的に「淀まず、あわてず、後戻りせず」というセオリーを踏み外すことなくやってこれたのかなという気がしている。もし、最初から運よく大手出版社に入っていたとしても経験と実力不足で脱落していただろうし、一時期関わっていた雑誌の編集部にあれ以上依存し続けていたら、その分野のネタしか扱えない井の中の蛙になっていただろう。後戻りしないというのは、今まさにやせ我慢してる真っ最中だが(笑)。
ただ、ラダックの本を書こうと思い立って、それまでの仕事を全部チャラにして日本を飛び出した時は、正直、人生最大の大博打だったなと思う。「この本をものにできなかったら、俺は物書きを廃業する」と本気で思い詰めていたから。結果的にうまくいったからよかったが‥‥(汗)。でも、長い人生の中では、時には大勝負をしなければならない時もあるのかもしれない。
色川さんの「うらおもて人生録」は、他にも含蓄のある言葉が詰まった名著なので、人生に迷っている方は一度読んでみたらいいんじゃないかなと思う。