気分をアゲる

午後、淵野辺方面で取材。昨日の昼頃に急にメールで依頼されたのだが、依頼元からの指示が二転三転して、相当カオスな状況に陥っていた。だから、家で身支度をしている時もかなり憂鬱だった。

こういう日は、ほんのちょっとでもいいから、気分がアガるようなことをしよう。

少し前にネットで買った、新しい靴をおろす。blueoverのMARCOという、ちょっと変わった革靴。新しい靴を履くこと自体、割とひさしぶりだったから、僕的にはまずこれで気分爆アゲである。

次に、予定より1時間ほど早く家を出て、途中の八王子で途中下車。この街に来たらほぼ必ず立ち寄ってる煮干しラーメンのうまい店で、特製煮干しラーメン。これでさらに気分がアガった。

肝心の取材の方は、取材対象の方にいろいろ助けていただいたこともあって、どうにかつつがなく終了。いや〜、ほっとした。何だかんだで仕事が無事に終わるのが一番だ。さて、晩ごはんは、宝舞の餃子にするか。

ストウブの鍋

引っ越しが終わって、新しい生活もようやく少しずつ落ち着いてきた。で、先日、煮物用の鍋を新しく買った。家でカレーなどの煮込み料理を作る時、手元にある鍋だと、イマイチ小さくて作りづらかったので。

新しく買ったのは、ストウブのココット・ラウンド、22cmモデル。今日さっそく、ナスとキノコのキーマカレーを煮込んでみた。

いやあ、すごい。びっくりするくらい、おいしく煮えた。

ストウブの鍋は、本体も蓋も分厚い鋳物琺瑯なので、いったん火にかけて熱すると、鍋自体が熱を蓄える。薄い片手鍋とかだと中火や強火にする場面でも、弱火で十分調理できてしまう。重い蓋のおかげで、水蒸気もほとんど逃げない。だから、材料に対する熱の伝わり方に偏りがなくて、全体的にじんわり、いい感じで煮ることができる。

僕自身は別に料理慣れしてるわけでもないけれど、ストウブの鍋での具材の煮え方は、素人目にも、今まで使ってきた鍋とは全然違う。ごつくて重い鍋と蓋は扱いにちょっと注意が必要だが、一度これを使ってしまうと、もう他の煮物鍋には戻れない気さえしてしまう。

ネットで検索すると、ストウブのファンサイトがたくさんヒットするのだが、みなさん、5つも6つも、人によっては何十個もサイズや型番違いのストウブの鍋を買い集めていて、びっくりした。調理鍋にも、沼の世界があるのか。

「同意」

キネカ大森でのインディアン・シネマ・ウィーク(ICW)、3本目に観たのは「同意 Raazi」。2018年夏に公開された、アーリヤー・バット主演のスパイ・サスペンス。

1971年、東ベンガル(後のバングラデシュ)の独立運動に伴って、インドとパキスタンとの間では急激に緊張が高まっていた。カシミール生まれの大学生サフマトは、余命わずかな父の願いを聞き入れ、彼の友人であるパキスタン軍人の末息子のもとへ嫁ぐ。だが、その真の目的は、諜報員だった父の跡を継いで、パキスタンの軍事作戦を探るという危険な任務だった……。

スリリングな映画だった。何しろ1970年代初頭なので、スパイが情報伝達に利用できるのは固定電話やモールス信号機のみ。そのアナログなまだるっこしさで、さらにハラハラさせられる。奇抜な仕掛けはないのだが、最後の最後まで読めない展開で、あっという間の140分だった。

この作品でとにかく痛ましいのは、主な登場人物がほぼ全員、善人であるという点だと思う。本当の意味での悪人は一人もいないのに、国と国との軋轢に巻き込まれ、ある者は命を落とし、残された者は悲しみに突き落とされ、サフマトはあまりにも理不尽な運命を背負わされてしまう。「私は他の何者よりも、祖国を愛する」という彼女の信念は、人として、本当に正しかったのか。つくづく考えさせられる。

ちなみに、この映画の原作の小説にはモデルとなった実在の女性諜報員がいて、劇中のいくつかの出来事は、実際に彼女の身に起こったことを基にしているのだそうだ。そういう話を聞くと、なおさら、やるせない。

二人で生きる

長年住み慣れた三鷹から西荻窪に引っ越してきて、二カ月半ほど経った。引っ越して十日も経たないうちにラダックとアラスカに出かけてしまったので(苦笑)、実際にここで暮らしている日数はまだ一カ月程度。それでも、この西荻窪というこぢんまりとした街での暮らしが、少しずつ身体に馴染んできたように感じている。

引っ越しで変わったのは住所だけではなく、一人暮らしから二人暮らしへの変化もあった。相方である彼女との付き合いは、もうずいぶん昔からのことになる。二人暮らしをするかどうかという話し合いもだいぶ前からしていたのだが、いくつか事情もあって、このタイミングになった。

僕は大学への入学時に実家を出て、四年間は学生寮にいたものの、それから現在に至るまでずっと一人暮らしだったので、ひさしぶりに誰かと生活を共にすることに対して、ちょっと戦々恐々としていた。いくら気心の知れた間柄とはいえ、四六時中一緒に暮らしていれば、お互い何かしら異なる部分や合わない部分も出てくるだろうし。

ただ、実際に一緒に暮らしはじめてみると、思いのほか大丈夫だな、というのが現時点まででの感想だ。

相方は僕と違ってまっとうな勤め人なので、朝早く起きて仕事に出かけ、夜になると帰ってくる。僕は一緒に起きてトーストの朝ごはんを食べ、相方が出かけると自分用のコーヒーをいれ、その日の仕事に取りかかる。昼頃に外に出て、今野書店で新刊の本や雑誌をチェックしてから、駅前のスーパーで食材の買い出し。おひるは外で軽くすませるか家で適当に作るかして、午後は仕事の続き。夕方、相方の帰宅予定時間から逆算して台所で食事の準備を始め、相方が戻ると一緒に晩ごはん。で、夜半前にはすぱっと寝てしまう。

以前の僕は、午前中の遅い時間に起きて、夜は二時か三時まで夜更かしという、典型的な夜型だったのだが、今のような朝型に変えてみると、意外なくらいすんなりと順応できた。むしろ、メールなどの着弾の少ない午前中から早々と仕事に取りかかれるので、前よりも効率がいい。一日のうち、一人きりで過ごしている時間も意外と長いから、気分的にもバランスよく過ごせている感じだ。

二人暮らしを始めてみて、あらためて思うのは……一方が出かける時は「いってきます」と「いってらっしゃい」、戻ってきたら「ただいま」と「おかえり」という、一人暮らしには存在しなかったやりとりがほぼ毎日ある、ということだろうか。一緒にごはんを食べる時には「いただきます」と「ごちそうさま」、寝る時は「おやすみ」で、起きた時は「おはよう」。当たり前と言われればその通りだけど、そういう日々の何気ないやりとりがあるのが二人暮らしで、それらはきっと、自分たちの心を隅々まで満たしてくれる、かけがえのないものなのだとも思う。

今日の午後、半休を取った相方と二人で杉並区役所に行き、婚姻届を出してきた。なぜ今日にしたかというと、今年の中で今日が一番縁起のいい日だそうで、この日にすれば周囲の人たちにもわかりやすいだろうという、割とシンプルな理由から。区役所の受付は案の定激混みで、おまけに最後にもらう予定の各種証明書を交付窓口の担当者がすっかり忘れていたらしく(苦笑)、合計四時間以上も待たされる羽目になってしまった。

僕自身は縁起を担ぐたちではまったくないし、戸籍というものに特に思い入れもない(むしろ、日本の窮屈な戸籍制度に対して腑に落ちないと感じている部分はたくさんある)。ただ、これから僕と相方が二人で生きていくために必要な手続きの一つとして、届を出しておこうと思った。それだけ。

大事なのは、これからどんな風に二人で生きるか、ということだ。なので、まあ、頑張ります。

「マジック」

キネカ大森でのインディアン・シネマ・ウィーク(ICW)、僕が2本目に観たのは、タミル映画、ヴィジャイ主演の「マジック(Mersal)」。この作品は昨年暮れにインドで公開されて以来、後述する話題などもあって、大ヒットを記録している。

チェンナイで、どんなに貧しい患者でも5ルピーで診察する医師、通称「5ルピー先生」のマーランは、パリの国際会議で表彰されるほどの人徳者。そんな折、とある事故に関わった4人の医療関係者が誘拐されて行方不明になり、マーランは容疑者として逮捕されてしまう。彼と瓜二つの顔を持つ謎のマジシャン、ヴェトリとは何者なのか。その過去に秘められた悲劇、真の巨悪とは……。

インド映画では主演が一人二役とかいうのはさほど珍しくないのだが、この作品でのヴィジャイは、なんと一人三役。序盤から息もつかせぬ展開で、マーラン/ヴェトリの正体をめぐる謎にグイグイ引き込まれていく。極彩色のダンスシーンと、ぬらぬらした血飛沫の舞う過激なアクション。映画館の大画面とはらわたに響く爆音でこの作品を堪能できたのは、本当にありがたかった。この映画の重要なテーマであるインドの医療問題について、込み入った台詞の内容を日本語字幕で正確に追えたのも助かった。

そう、この作品には、現在のインドの医療が抱えている深刻な問題(公立病院の慢性的な不足、法外な医療費のかかる私立病院、蔓延する不正の数々)を痛烈に批判していて、その矛先は今のインド政府与党のBJPにも向けられている。作中には「シンガポールでは7%の物品サービス税(GST)によって医療を無償化している。インドは最大28%ものGSTを取っているのに、なぜ医療を無償化できないのか」という台詞も織り込まれていて、このシーンのカットを要求したとされるBJPに対して猛烈な抗議が寄せられたことも話題になった。

社会的なテーマをがっちり組み込んではいるが、この作品は正真正銘の娯楽大作。こういう映画づくりがちゃんと行われていて、大衆もそれを拍手喝采で受け入れているのが、タミル映画の奥深さなのだなあ、と実感した。

ヴィジャイの一人三役に合わせて登場するカージャル、サマンタ、ニティヤのトリプルヒロインがちょっと出番少なめかなあとか、ほぼ全部をCGで片付けようとしてるマジックシーンとか(苦笑)、細かく言いはじめたらまあいろいろあるにはあるが、この映画は、最初から最後までアドレナリン全開でどっぷり楽しめば、それでいいのだと思う。