海外渡航とブースター接種

今、世界各国で流行の兆しを見せている、新型コロナウイルスのオミクロン株。日本ではまだ市中感染の報告はないようだが、おそらくそう遠くないうちに、それなりに感染拡大してくるだろう。オミクロン株は感染力が強く、ワクチンを2回接種している人でも、ブレークスルー感染する確率がかなり高いようなので。

少し前までは、もうそろそろ海外渡航も普通にできるようになるかも、という空気だったが、ここへきて、また見通しがまったく立たなくなってしまった感がある。オミクロン株の感染を効果的に防ぐには、3回目のワクチンを打つブースター接種が必要になるそうなので、海外渡航に必要なワクチンの接種証明、いわゆるワクチンパスポートも、3回分の接種の証明でなければならなくなるのではないかと、個人的に推測している。

となると、たとえば9月下旬に2回目のワクチン接種を終えた僕が、3回目の接種を終えられるのは、いくぶん前倒しで受けられたとしても、たぶん来年の3月か4月。混雑や供給不足の度合いによっては、夏頃までずれ込むかもしれない。ほかの多くの日本人も、ほぼほぼ同じような状況ではないかと思う。

来年の春はもちろん、夏にかけても、海外との行き来はまだ、ままならないのではないかな……。

僕自身、少し前までは、来年の夏にラダック方面に仕事で行く計画をあれこれ立てていたのだけれど、今は五分五分かそれ以下の実現可能性ということで構えておこうと考えている。行けたら行けたで、行けないなら行けないで、自分にできるタスクをそれぞれ用意しておこうと思う。希望的観測にのめり込んだあげく、世情に振り回されて消耗させられるのはバカバカしいし。

ま、なるようにしかならんさ。

今までも、これからも

昨日の夜は、『冬の旅 ザンスカール、最果ての谷へ』が受賞作に選ばれた、第6回「斎藤茂太賞」の授賞式だった。受賞が決まったのが7月上旬で、それからかなり間が空いてしまったが、今年の夏の日本の惨憺たる状況を思い返すと、授賞式が中止にならなかっただけでも幸運だったのかもしれない。

授賞式の壇上で僕が話したスピーチの全文はDays in Ladakhの方に載せてあるが、ああいう場を経験して、あらためて、自分が本を作る目的について、色々考えさせられた。

今までも、これからも、僕自身が、何かの賞や栄誉を得ることを目的として自分の本を作ることは、金輪際、ないと思う。ただ、今回の『冬の旅』のように、何かの成り行きで他の人が書いた本と同じ俎上に上げられて比較されるようなことは、これからも起こり得るかもしれない。

仮にそういう状況になった時、自分の本がどのような評価を受けるにせよ、他の人の本と並べて評価されても恥ずかしくないような本を作っておかなければ、と思う。そしてそれは、やっぱり今までと同じかそれ以上に、一文字一文字に真心を込めて本を作り上げていくことでしか達成できない。

何かの評価を受けるということは、その後のハードルが、一段高くなるということだ。周囲にとっても、自分自身にとっても。

日々是原稿

二週間半ほど前から、新しい本の原稿の執筆に、本格的に突入した。

自宅では相方がリモートワークをしなければならないので、僕は隣駅の吉祥寺にあるコワーキングスペースのブース席で、十時半から五時頃まで、原稿を書いたり、推敲をしたり、といった作業をしている。自宅ではない場所での執筆にも、だいぶ慣れてきて、割とちゃんと集中できるようになった。マスクをしなければならないのが、だいぶ鬱陶しいけれど。

とはいえ、まだ二万字くらいしか書けてないので、この先の苦難を想像すると、ちょっと茫然としてしまう。自分の書く原稿が、本当にこれで大丈夫なのか、ベストの形なのか、最終的に判断できるのは自分しかいない。絶対に手は抜きたくないのだが、逆に、どのレベルに到達すれば自分で自分にOKが出せるのか、自信も確信も正直言って全然ない。どうすればいいのかなあ……毎度のことではあるのだが。

とはいえ、逃げることもできないし、やれるだけ、やるしかないか。よし、やろう。

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川内有緒『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』読了。白鳥建二さんという全盲の美術鑑賞者の方と全国各地の美術館を巡るという本なのだが、読み始めからは想像できないくらい、僕たちが常識と思い込んでいるところとは違う領域に踏み込んでいく。僕たちはこの世界のありようも、互いのことも、本当には何一つわかっていないのだけれど、そのわからなさを抱えたまま、互いが互いを少しずつ思いながら、同じ列車で何処かに向かっているのかもしれない。読み終えた後に、そんなぬくもりがふわっと残った。

自重筋トレ再開

右肩の四十肩の症状が、だいぶ収まってきた。疼くような痛みはもう全然ない。肩回りの可動範囲はまだ狭いが、リハビリのストレッチのかいあって、徐々に広がりつつある。というわけで、おそるおそるではあるが、自宅での自重筋トレを徐々に再開していくことにした。

約半年ぶりの筋トレ。笑えるくらいなまってる(苦笑)。プランクはほんの2分でぷるぷるするし、腕立て伏せもきっちりやると20回でいっぱいいっぱい。サボりたくてサボってたわけじゃないけど、中年のおっさんの身体って、動かすのをサボると、ほんとにあっさり衰えるのだな、と実感する。

まあ、四十肩を発症する前までは、四、五年ほど筋トレをやっていたので、無理せずきっちり取り組めば、それほど苦労せずに元の水準まで戻せるとは思う。ちゃんと身体を作り直して、来年以降の海外取材とかに備えねば。がんばろ。

衆院選に思う

昨日は衆院選の投開票日だった。僕の住んでいる場所の選挙区では、自分の投票した候補の当確がゼロ打ちで出たので安堵したのだが、全国での最終的な結果は、何というか、予想していた中でも下から二番目ぐらいに酷い結果になった。

衆院選に突入したタイミングでコロナ禍が急に収束して、大勢の国民が「色々大変だったけど、とりあえずお疲れさまー」みたいな心境になっていたのは、かなり影響したと思う。自民党が9月の総裁選でメディアジャックをして、そこからすぐに衆院選に突入した効果もあっただろう。大阪府民が何であんなに維新を好きなのかは、僕には死ぬまで理解できないと思うが(苦笑)。

その一方で、野党第一党である立憲民主党が、他の野党と共闘して統一候補を大勢擁立したのにもかかわらず、最終的に前回より議席を減らしたのは、むべなるかな、と思う部分もある。実際、僕も比例では、別の党に票を投じた。

ここ最近の立憲民主党は、他党の議員の合流によって頭数だけは増えてきたけれど、大所帯になってきた分、意思決定でも行動でも、どうにも筋が通らず、煮え切らない場面が多くなっているように感じる。野党間での政策や候補者の調整も、共産党などから再三再四せっつかれていたのに動きが鈍かったと聞く。もともと地方組織も脆弱な上、準備まで立ち遅れていたら、ドブ板選挙に慣れている自民党の地方組織には競り負ける。そういう競り負けの蓄積が、今回の議席減につながったのかもしれない。

このまま何も軌道修正できなければ、立憲民主党は凋落の一途を辿るだろう。その可能性は、それなりに高いと個人的には感じる。

日本はこれから、どうなるのだろう。愚かなポピュリズムとファシズムに突っ込んでいって、気がついた時には何もかも手遅れ……みたいなことにならなければいいが。それを変えられるのは、やっぱり、一人一人の一票でしかない。まだ、その一票の権利が、守られている間は。