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ガイドブックのない旅

二十代の頃、割と長めの旅を二度やった。生まれて初めての一人旅は、上海まで船で渡り、シベリア鉄道に乗った後にヨーロッパを回る約四カ月の旅。二度目の旅は、ロサンゼルスからバスを乗り継いでメキシコと中米を回る約三カ月の旅。この二度の旅の時、僕はガイドブックの類を日本から持って行かなかった。確か最初の旅の時は、バイト先の人から餞別にもらったヨーロッパ全体の地図をバッグに入れてたっけ。

今思い返してみると、別に何か思うところがあったわけでもなく、単にカッコつけてイキがってただけに違いないのだが(苦笑)、最初にガイドブックのない旅から始めたことは、僕にとって、とてもいいレッスンになったと思う。

見知らぬ街に着くと、まず情報を探す。ツーリストインフォメーションや街の本屋で地図を探し、あれこれ人に聞いてみたり。どこに安宿やユースホステルがあるのか、どこに市場や安食堂があるのか、歩いて探す。もちろん不安にかられはするのだけれど、それ以上に、何ともいえない、ぞくぞくするような愉しさがあった。うまくいく時もあれば、いかない時もある。それもこれも全部ひっくるめたものが、僕にとっての旅だった。

今は、世界のどんな辺境でも何かしらのガイドブックや、Webにまとめられた情報がある。スマートフォンが一つあれば、見知らぬ街でも目的の場所まで迷わず一直線に辿り着ける。どこにどんな安宿があって、どこで地元の名物が食べられるのかもすぐに調べられる。確かに便利だ。でもそこには、僕が二十代の頃に感じていた旅の愉しさはない。

おすすめはしないけれど、ガイドブックのない旅も、愉しいものだよ、とは言っておきたい。

Night in Thailand

カメラバッグ沼

この間のノルウェー取材で、カメラバッグの上ぶたを留めるプラスチックのバックルが、一つ割れてしまった。

使っていたのは、ロープロのマグナム200AWというショルダーバッグ。たしか2010年頃に導入したのだが、主にラダックくんだりで酷使し続けてきたので、ブラックだったはずの外装は日に焼けてグレーのようになり、各部のジッパーも動きが渋くなってきていた。とりあえず割れたバックルはアウトドアショップで買ったスペアパーツに交換してみたが、致命的なことになる前に、そろそろ退役させた方がいいのかな、と思っている。

で、これから何年か先までの仕事を見越してカメラバッグを選ぶとなると、結構悩ましい。とりあえず、去年のアラスカのように大きめの望遠レンズを持っていく必要のある取材では、今あるGW-PROショルダーバッグを使うことにしている。ただ、毎年行っているタイなどのように機材が少なくてもいい取材には、大きくて重すぎるので、もっと小ぶりで、でもそれなりに頑丈で、できれば小型ラップトップの収納スペースがあると‥‥となると、ショルダーバッグではなかなかこれといったものがないのだ。となると、いっそマンフロットのMB PL 3N1-25あたりのバックパックにした方がいいのかしらん‥‥ということになるのだが、未だ踏み切れず‥‥。

写真を始めると、「レンズ沼」ということがよく言われるけど、「カメラバッグ沼」の深さも、相当なものだと思う。

「Hawaa Hawaai」

hawaahawaai先日のノルウェー取材の時に乗った飛行機では、なぜかインド映画のラインナップが充実していた。ミュージカルシーンがばっさりカットされた残念なものも多かったのだが、この「Hawaa Hawaai」はほぼノーカットだったようで、じっくり楽しむことができた。

一家の大黒柱だった父を亡くして貧しくなった家族を助けるため、ムンバイの街の駐車場にあるチャイ屋で働く少年、アルジュン。その駐車場は夜になると、お金持ちの子供たちが集まるインラインスケートの練習場になる。インラインスケートに憧れを募らせるアルジュンを見た仲間の貧しい少年たちは、スクラップ置き場で拾い集めた材料で、アルジュンのためにスケート靴を作ろうとする。そのスケート靴「ハワー・ハワーイ」が彼らにもたらしたものは‥‥。

日本でも公開された「スタンリーのお弁当箱」のアモール・グプテ監督の新作であるこの作品、主演を務めるのは前作と同様、監督の息子さんのパルソー君。あらすじだけを見れば、少年が才能と努力で困難を克服して高みを目指していくという、割とよくある設定だし、演出や俳優の演技も、あまりにもナチュラルだった前作に比べるといくぶんオーソドックスな印象だ。ただ、そこでよくあるオーソドックスな映画で終わらせないのがグプテ監督らしいところ。理不尽な貧富の格差の中で、学校にも行けずに過酷な労働を強いられている、今のインドに無数にいる子供たちの問題をきっちりあぶり出している。その点では、「スタンリーのお弁当箱」の延長線上にある作品なのだろうし、最後の最後がああいう終わり方だったのも、「この子たちにとって一番大事なのは、勝つか負けるかとかじゃなく、これなんじゃないの?」という監督のさりげないメッセージだったのかもしれない。

いきいきと瞳を輝かせる子供たちの演技は素晴らしいし、英語でなく日本語字幕で観たら、もっといろいろ腑に落ちる部分もあると思うので、日本でも公開されるといいなと思う。ぜひに。

「女神は二度微笑む」

kahaani
僕はふだん、サスペンスものの映画はあまり観ないのだが、この「女神は二度微笑む」の日本での公開が決まってからは、必ず観に行かなくてはと思っていた。国内の映画祭で観た人からの評価が異様に高かったし、インド映画界きっての演技派女優、ヴィディヤー・バーランの主演作は、これが日本初上陸のはずだったし。

インドのコルカタ国際空港に降り立った身重の女性、ヴィディヤ。彼女は、この街に出張してきたのに一カ月前から行方不明になっている夫を捜しに、はるばるロンドンからやってきていた。だが、夫が泊まっていたはずのゲストハウスにも、勤務先だったはずのNDCにも、夫を知る者は誰もいない。やがて、その先に浮上したある人物の素性と行方をめぐって、事態は思いもよらない方向に‥‥。

‥‥あー、難しい。ネタバレさせずに書くのが難しい(苦笑)。でも、期待に違わぬ傑作だったことは保証する。緻密でありながら、いくつもの驚きに満ちた脚本。ヴィディヤー・バーランの、文字通り素晴らしい演技(先週観た「フェラーリの運ぶ夢」で陽気なアイテムソングを踊ってた女性と同一人物とはとても思えない)。サスペンスやホラーによくある、激しい場面展開やアクションやでかい効果音などで観客をびびらせるのではなく、脚本と演技の力だけで、観る者を完全に映画に没入させて、最後の最後に「うわー!!!」とさせる(としか書きようがない)。すごい映画だ。

舞台となったコルカタの街の、熱気と喧騒と埃がどんよりと澱んだ猥雑な雰囲気も、なくてはならない舞台装置だ。そこかしこに挿入される街や人々の描写が、謎めいた雰囲気をさらに盛り上げる。この映画、ハリウッドでのリメイクの話も持ち上がっているようだが、舞台がコルカタでないと、その魅力も半減してしまうだろう。個人的には、昔、マザーハウスでボランティアをしていた時に乗り降りしていた地下鉄のカーリーガート駅や、大河にかかるハウラー橋が出てきた時は、何とも言えない懐かしい気持になった。

とりあえず、観た方がいいと思うし、観てもらえれば必ず納得してもらえると思う。傑作。