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これから、世界は

自宅のネットワークやプリンタの設定やら、3カ月分の連載原稿の納品やら、新規案件の打ち合わせやら、確定申告の下準備やら、あれやこれやがとりあえず片付いて、ようやく少し落ち着いた状態になった。あさってから岡山に帰省し、年明けには神戸。2023年も、あともう少しで終わる。

2024年、世界は、どうなるのだろう。ロシアとウクライナ。イスラエルとパレスチナ。世界中のあちこちで、戦禍に見舞われている罪なき人々がいる。人間にとっての尊厳とは、正義とは何なのだろう、と考え込んでしまう。アメリカの大統領選も気がかりだし、日本の政治もめちゃくちゃだし。

これから、世界は、さらにぼろぼろと壊れていくのかもしれない。そんな中で、一人ひとりの人間にできることがあるとすれば……間違っていることに対してはきちんと声を上げ、選挙があれば必ず一票を投じてくる、ということに尽きるのかなと思う。それでも、どうにもならないことばかりかもしれないけれど、ただ諦めて傍観していては、何の歯止めにもならない。

どうなるのかな、世界は。

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アーシュラ・K・ル・グィン『所有せざる人々』読了。ヒューゴー賞とネビュラ賞のダブル受賞作という評価に違わぬ、凄い長編だった……。アナレスとウラスという二つの惑星で紡がれていく、物理学者シュヴェックの物語。アナレスとウラスの環境や歴史、社会制度、文化などについて、膨大な情報量の設定が緻密に組み上げられていて、その設定の舞台上で、それぞれの惑星で起こった出来事が、章ごとに交互に語られていく。シュヴェックはなぜ、アナレスを離れてウラスに向かったのか。時の流れがくるりと円を描いて繋がるかのように、物語は最後に彼の目的を明らかにして終結する。さすが、ル・グィン……。ゾクゾクするような読書体験だった。

手を離れて

ここ二週間ほどは、新刊の発売に合わせてのプロモーションの仕事が続いていた。

新刊の見本誌が到着すると同時に、先行販売分のサイン本を大量に作成。ジュンク堂書店池袋本店での写真展示と先行販売。ポルベニールブックストアでの写真展示と先行販売と在店対応とトークイベント。某ラジオ局のスタジオでの番組収録。本屋B&Bでのトークイベント。ポルベニールブックストアでの二度目の在店対応……。大半は自分から提案させてもらったものだったが、それらに加えていろいろ重なってしまったので、なかなかにしんどかった。

昨日と今日は、ようやくひと息つけている状態。あさってには再び、都内の書店へのご挨拶回りの予定などが入ってはいるが、イベント出演の類はとりあえず終わったので、ほっとしている。まあ、書かねばならない原稿は常に抱えてるし、年明けからの長期取材の準備もせねばだし、その前に憂鬱な確定申告の準備もあらかた終わらせねばならないのだが……嗚呼。

手塩にかけて作り上げた本は、作り手の僕たちの手を離れて、これから先は全国の書店を経て、読者の方々に手渡されていく。一冊々々の本が、それぞれの読者の方に、何かよきことをもたらしてくれますように。

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べっくやちひろ『ママになるつもりはなかったんだ日記』読了。べっくやさんは、彼女の前々職の時に何度か仕事でご一緒した間柄。この間のポルベニールブックストアでの在店の時、べっくやさんが偶然この本を搬入しに来られていたので、これ幸いとその場で購入。五十路のおっさんである僕にもいろいろ腑に落ちる言葉や視点がたくさんあって、でもべっくやさんらしく振り切れてもいて(笑)、面白かった。バイクの免許の話が特に良かったなあ。11月の文フリで完売したのも納得。

また一冊、作り終えて

ここ一カ月ほど……十月中旬から今週初めくらいまでは、本当に忙しかった。

大半の仕事は『ラダック旅遊大全』の編集作業だったのだが、これまでぬかりなく進めていたはずが、僕の担当する作業範囲から外れたところで、想定外のスケジュールの遅延や大きなミスが発生し、一時は、予定通りに発売できるか危ぶまれるほどの状況に陥った。それらの帳尻を合わせるために、僕も担当編集さんも土日祝日返上で朝から晩まで作業して、遅れたスケジュールをどうにか巻き戻した……という次第。

それでもまあ、どうにかこうにか、また一冊、作り終えることができた。自分にできることはすべてやり尽くしたので、あとはもう、読者の方々の手に委ねて、良い本になったかどうかを判断してもらうしかない。

ラダック旅遊大全』は、仮に将来、改訂版を作るにしても、少なくとも十年は間を空けても持ちこたえられるように作った。だから、この本の改訂版を僕自身が手がけられる機会は、あるとしても、あと一回か、せいぜい二回くらい。そんなものか、とあらためて思う。僕に残されている時間は。

あと何冊、僕は本を作れるのだろう。

次に作りたいと考えている本は……来年初めから取り組む取材で、本を書くに足る確信を持てたら作れるかもしれないが、何とも言えない。もう一冊の企画もあるにはあるが、これは依頼元がどう判断するかにも左右されるので、やはり何とも言えない。少なくとも、2024年のうちには、新しい本を出すことはないと思う。

その次の年は? さらにその先は? 僕自身にも、どうなるか、まったくわからない。

一つ、思っているのは……これからは、一冊々々、良い本を作りたい、ということ。もちろん今までも、その時々の全力を投入して本を作ってきたつもりだけど、これから作る本は、さらに精度と密度を上げて、自分自身で完璧に納得できる本を作り、世に残していきたい。そういう本づくりに取り組める機会が、この先もまだ得られるのなら、自分の持つすべてを賭して、挑んでいきたいと思う。

何というか、今はもう、それだけだ。

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レベッカ・ソルニット『ウォークス 歩くことの精神史』読了。人間にとってもっとも根源的なものの一つでありながら、不確かで捉えどころのない「歩く」という行為。ソルニットは膨大な文献を渉猟し、自らもアクションを起こしながら、「歩く」ことと人間の関係性を、さまざまな視点から紐解いていく。確かな経験と実証、そしてソルニット自身の明晰な知性に裏付けられたこの本の充実ぶりには、脱帽するほかない。ロバート・ムーアの『トレイルズ 「道」と歩くことの哲学』と併せて読むと、さらに面白いと思う。

「雪豹」


2023年5月に急逝したチベット映画の巨匠、ペマ・ツェテン監督。彼の遺作の一つでもある作品「雪豹」が、第36回東京国際映画祭で上映された。折しも新刊の編集作業で多忙な時期で、チケットを入手して観に行くことはあきらめていたのだが、たまたま作業に余裕が生じたタイミングで、東京外語大の星泉先生とこの映画の関係者の方々のご厚意で、映画祭での最終上映にご招待いただき、拝見することができた(本当に有難うございます)。

物語の舞台は、アムド地方に暮らす、ある牧畜民の家。一頭の雪豹が家畜の囲いの中に侵入し、九頭もの羊の喉を噛み切って殺してしまった。一家の長男は激昂し、家畜の損失が補填されなければ、囲いに閉じ込めた雪豹を殺すと役人や警察に息巻く。取材に訪れた地元テレビ局のクルーたち。雪豹法師とあだ名されるほど雪豹の撮影に熱中する、一家の次男。雪豹を巡るさまざまな思惑が入り乱れる中、時空を超えた世界のように織り込まれる、モノクロームの映像。雪豹を、逃すべきか、逃がさないべきか……。

チベットの牧畜民たちにとっては現実でも切実で難しい問題でありながら、劇中でくりひろげられるやりとりはどこか可笑しくて、そして映し出されるアムドの原野の風景は、ため息が出るほど美しい。細かな部分に、さまざまな仕掛けがあるようにも感じる。なぜ雪豹は、自らの餌にするためでなく、九頭もの羊を、ただ喉を噛み切って殺してしまったのか。何か、目的があったのか……。ペマ・ツェテン監督が存命なら、ぜひ訊いてみたかったところだが、残念ながらそれはもう叶わない。

あらためて、監督のご冥福をお祈りします。素晴らしい作品の数々を、有難うございました。

『ラダック旅遊大全』

『ラダック旅遊大全』
文・写真:山本高樹
価格:本体2000円+税
発行:雷鳥社
B6変形判 224ページ(カラー192ページ)折込地図付
ISBN 978-4-8441-3800-6
配本:2023年12月8日

2年近くの歳月をかけて作ってきた新刊、『ラダック旅遊大全』が、まもなく発売になります。

ラダック、ザンスカール、スピティの全域についての情報を網羅した、まったく新しい仕様のガイドブックです。大判の折込地図をはじめ、地図や写真を豊富に掲載。各地の街や村、僧院、自然、生活、伝統文化についての解説や、2019年に外国人の入域が許可されたばかりの地域の情報、そして各地で延伸が続けられている道路の最新状況なども、わかりやすく、読みやすい形で収録しています。旅行用ガイドブックとして十二分に役立つ機能を持つだけでなく、長年にわたる現地取材に基づいた、地域研究書としての側面も併せ持っています。

発売に際して、一部の書店では先行販売を実施していただくほか、写真展示やイベントなどの企画も準備していただいています。詳細については、Days in Ladakhや各種SNSで発信していきますので、チェックしていただけると嬉しいです。よろしくお願いします。