女優オードリー・ヘップバーンが登場するチョコレートのCM。光が燦々と降り注ぐイタリアの港町で、身動きが取れなくなったバスから颯爽と降り立ち、オープンカーの後部座席に乗るオードリー。往年の名画を思い起こさせる微笑を浮かべる彼女が、全部CGで描かれているというのだから、びっくりだ。VFXの進化も、行くところまで行き着いたなという感じ。
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石塚元太良「氷河日記 プリンスウィリアムサウンド」
以前、渋谷タワレコのブックショップをぶらついていた時、たまたま見かけて、手に取った本。後で知ったのだが、一年前に石川県で開催された写真展に合わせて刊行された、限定300部の本らしい。これも出会いなのだろう。
石塚元太良さんは、パイプラインや氷河など、特定のモチーフを追いかけて世界各地を旅して撮り続けている写真家だ。この「氷河日記」には、アラスカのプリンスウィリアムサウンドに点在する海岸氷河を、単身折りたたみ式カヤックで旅して撮影した時の模様が記録されている。同じようにしてカヤックでアラスカの氷河をめぐるなんてことは、たぶん僕には無理だから、とてもうらやましく思いながら読んだ。食料や装備の買い出し、野営の様子などは、すごく参考になった(何の?)。
読んでいて印象に残ったのは、「直接照りつける太陽光は氷河の撮影には要らない」という彼の言葉。晴天の下、太陽光で輝く氷河は確かにとても美しいだろうけれど、コントラストが強すぎて、大切な「青」が飛んでしまうのだという。曇天の方がそれをうまく捉えられるのだそうだ。そんな見方で雪や氷を眺めたことはなかったから、とても新鮮だったし、なるほどど頷かされた。
ゆらゆら揺れるカヤックで、大いなる自然の中に入っていく。その愉しさ。その心細さ。自分もいつか、何らかの形で、そういう気持を味わいたいと願う。
ひとり旅メシの愉しみ
異国を旅する時、僕の興味はだいたい二つのことに向けられる。写真を撮ることと、メシを食うこと。買い物とかにはあまり興味をそそられない方だ。そもそも、土産が入るほどバックパックが大きくない(笑)。
最近は、ガイドブックやネットから、どこの街のどこの店のどんなメニューがうまいとか、細かい情報がいくらでも手に入る。それを徹底的に調べて決め込んでから旅立つ人もいると思うが、僕はそういうのはあまり好きではない。その土地の名物は何なのか予習くらいはするが、どこで何を食べるのかは、結構、行き当たりばったり。でも、何となくふらっと入った店で、よくわからないままえいやっと注文して、うまいメシにありつけた時の嬉しさったらない。
当たる時もあれば、外れる時もある。昔、バンコクの街で地元民御用達の食堂に入り、前に並んでたすらっとしたお姉さんと同じガパオを注文したら、もうほんとに悶絶するほど辛かった(でも、そのお姉さんは平然と食ってた)とか。朝、ハノイの道端の露店でフォーを注文したら、よくわからないうちにドクダミの葉を投入されたりとか。「思ってたんとちゃう!」なんてことはいくらでもある。でも、それも、ひとり旅メシの愉しみなのだと思う。
ここ最近、ラダック界隈ばかりに行ってるからか、そういう一か八かの愉しみを、しばらく味わっていない気がする。そろそろ、どこかふらっと別の場所に行ってみるかな。
キリムのクッション
夕方、ひさしぶりにデイリーズに行って店内をぶらついてると、キリムの布を使ったクッションがいくつかあった。
キリムというのは、トルコや中央アジア一帯で古くから使われている、ウールの織物。どこか幾何学的な独特の絵柄と素朴な風合いが特徴で、僕が見かけたのは、それをクッションカバーに仕立て直したものだった。だから、絵柄は全部バラバラで、どれも一点モノ。気に入った柄に出会えるかどうかは運次第。
今日の僕は運がよかったようで、自宅のカリモクのソファにちょうどいい大きさの、長方形の小ぶりなクッションを発見。絵柄も、淡い水色を基調にした控えめな感じで、ソファの緑色に合いそうだ。というわけで、そのままさくっとお買い上げ。
これでやっと、うちのソファにクッションが加わった。今さらかよ。
「南極料理人」
たぶん三年くらい前に公開されてたのだが、見たいと思いつつ見逃してしまっていた映画「南極料理人」を、Apple TVで借りて観た。
南極観測越冬隊の調理担当として、南極のドームふじ観測拠点に赴任していた方の実話を基にした映画。この基地、南極の中でも標高3800メートルのひときわ寒冷な場所にあり、平均気温はマイナス50度、寒い時はマイナス70度まで下がるという。あまりに寒すぎて、生物もウイルスも生存していないそうだ。この極限の地を舞台に、八人のむさ苦しい男たちが、なんてことない日々を過ごすという物語(笑)。そのギャップが面白いのだけど。
この映画のテーマはとてもシンプルで、「みんなで食べるごはんはおいしい」ということに尽きる。長く単調な観測生活でささくれた心も、一緒にごはんを食べていると、少しずつときほぐれていく。一つのおにぎり、一杯のラーメン。それが与えてくれる力は、ものすごく大きい。東京で暮らしていると、ちょっとコンビニに走ればいつでも何でも食べられるけれど、時として、食べ物のありがたみを忘れてしまいがちになる。そういえば、今くらいの季節にラダックで暮らしていた時、手に入らない新鮮な青い野菜が食べたくて食べたくて、野菜の夢を見たもんなあ(笑)。
ごはんを食べるのは、大事だ、ほんと。