インドから日本に戻ってきて、二週間ほどが過ぎた。
今回に限らないのだが、最近はラダックに少しの間行っていても、異国を旅してきたという感触が、正直あまり残らない。ラダック界隈は好きな土地だし、いられるものならいくらでも滞在していたいのだが、もう、あまりにもどこもかしこも知り尽くしてしまっているので、生半可な体験では、新鮮な風を自分の中に送り込むまでにはならないのかもしれない。チャダルを旅したり、雪豹を撮ったりするのに匹敵するような新たな経験を、あの土地でできるのであれば、話は別だけど。まだ残っているのかな、そういうテーマ……。
今はたぶん、自分がまだよく知らない土地を右往左往しながら旅してみて、新しい風を自分の中に取り入れてみる必要があるのかな、と思っている。そういう、右往左往する旅の仕方自体を、捉え直してみたい気もするし。
そういう旅の時間は、実は、そう遠くないうちにやってくる。そろそろ、少しずつでも、準備を始めねば。
———
沢木耕太郎『天路の旅人』上下巻、読了。第二次世界大戦末期から戦後にかけて、内モンゴルからチベット、そしてインドまで、最初は密偵として、のちに流浪の旅人として、八年にもわたる旅を続けた西川一三の足跡を辿ったノンフィクション。西川さんには遠く及ばないけれど、僕も似たような土地でしんどい思いをした経験はそれなりにあるので(苦笑)、身につまされるなあと思いながらも、楽しく読んだ。
特に旅の終盤、あらゆるしがらみから自由になり、一人でインドを放浪する西川さんの姿は、本当に幸福そうで、正直、少し羨ましく思えた。
「その最も低いところに在る生活を受け入れることができれば、失うことを恐れたり、階段を踏み外したり、坂を転げ落ちたりするのを心配することもない。なんと恵まれているのだろう、と西川は思った。」
一つ、気になる点を挙げるとしたら、この本で多用されている「ラマ教」や「ラマ僧」といった表記だろうか。こうした呼称は、もともと西洋の研究者がつけたもので、チベット仏教に対する偏見を招くとして、現在では使用されなくなっている。これからも長きにわたって読み継がれていくであろうこの作品で、こうした論議を呼ぶ表記が使われているのは、残念だ。ほかにも、細かい部分で「ん?」と感じた点がいくつかあって、全体的に校閲の力不足という印象は拭えなかった。