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「好きだ」と言ってもらえる本を

生まれてこのかた、女性の方から先に「好きです」と言ってもらえた回数は、指折り数えてもたぶん片手で足りるほどしかない。だから、そんな風に言われるとどのくらい嬉しいと感じるのか、正直よく覚えていない(緊張するし、その時に相手のことをどう思ってたかもあるし)。

でも、自分の作った本を「この本が好きです」と言ってもらえた時の嬉しさは、本当によくわかる気がする。そういう機会がたま〜にあるのだが、面と向かってそう言ってもらえると、相手の顔も見れないくらい恥ずかしくて恐縮してしまう。同時に、その場で飛び上がりたくなるほど嬉しくもなる。まるで、校舎の裏に呼び出されて告白された中学生男子みたいに(笑)。もちろん相手の方は老若男女さまざまだし、伝わる手段も直接会うだけでなく、メールや手紙など、いろいろなのだけれど。

火曜日の打ち合わせの時、約5年前に書いた本のアンケートハガキの裏面のコピーをまとめたものをもらった。いろんなコメントがあったのだが、その本を、本来の機能や役割以上の部分で気に入ってくれていた方が思いのほか多くて、部屋の中で一人、校舎裏の中学生男子のようにもきゅもきゅしながら読ませていただいた。中には「今、入院中ですが、読んでとても気分が晴れやかになりました」という方からのハガキもあって、ありがたいなあ、としみじみ思った。

みなさん、本当に、ありがとうございます。感謝の気持を、次に作る本にがつっと込めるべく、がんばります。また、「この本が好きです」と言ってもらえるように。

殴り書きという仕事

朝から夕方まで、大学案件の取材。先週と同じパターンで、1件につき約1時間、4件連続のインタビュー。わんこそば状態である。

今日取材した方々の中に、綺麗な字を書ける技術を習得することの意義について話していただいた方がいたのだが、僕はその目の前で、インタビューしながら汚い字でノートにメモを殴り書きしていたので、視線が痛かったというか、何だかちと申し訳なかった(苦笑)。

でもまあ、ぶっちゃけ、仕方ないといえば仕方ない。事前準備はするけれど、それでもろくに予備知識もないまま相手の話を聞いてその内容の把握に努めつつ、次の質問や話の展開をどうするかという戦略を脳みそフル稼働で策定し、相手に相槌を打って笑顔を見せたりしながら、ほとんど手元を見もせずにペンを動かしてノートを取るのだ。そこで美しい字を書こうとかいう余裕が持てるわけがない。

というわけで、これからも取材ノートは僕一人にしか読めない汚い殴り書きで書き続けますが、ご容赦のほどを。

霜月の雪

夜半過ぎから降っていた雨が、明け方には雪に変わった。東京で11月に初雪が降ったのは、54年ぶり。積雪を観測したのは史上初だったそうだ。

こういう日に限って、朝から夕方までみっちり大学案件の取材が入っていたりする。カーゴパンツの下に登山用のタイツを穿き、ニットキャップ、マフラー、手袋、ダウンジャケット、足元はヌプシブーティと、完全装備で出発。駅までの道程で、ビニール傘に雪がこびりついて、ずしりと重くなる。中央線と多摩モノレールを乗り継いで、現場に向かう。まだ早い時間だったからか、列車はそれほど遅れてはいなかった。

同じキャンパス内で1日かけて、合計4人の方に取材。分野もテーマも全部バラバラなので、頭をフル回転させながら必死で質問を振っていく。夕方になる頃にはすっかり燃えカスのようになってしまった。毎度のことながら疲れる。

雪は夕方少し前に止んだ。あのまま降り続いていたら、えらいことになっていた。やれやれ。

にじみ出るもの

昼の間、部屋で原稿を書く。長めのインタビュー原稿をどうにか形にできたので、ほっとする。

夕方、都心へ。恵比寿でラーメンを食べ、ヴェルデでコーヒーを飲み、代官山蔦屋書店へ。竹沢うるまさんと旅行書コンシェルジュの荒木さんとのトークイベントを拝聴。途中で竹沢さんが急に僕の名を呼び、会場の全視線に急に振り向かれるという不測の事態に(苦笑)。僕の本を知っている方も何人か会場にいらっしゃって、終了後に声をかけていただいて、恐縮してしまった。

竹沢さんは、自分のメッセージや思いを込めようとして写真を撮ってはいないのだという。あくまで媒介者として、凪いだ水面のようにフラットな心で対峙し、何かに心が反応して波紋が浮かんだ瞬間にシャッターを切る。写真で捉えようとしているのは、自分自身の心の揺れ動きそのものなのだと。

メッセージや思い入れは、意図的に伝えようとしてもたいていうまく伝わらない。作り手や伝え手の個性というものも、意図的に出そうと思うとたいてい失敗する。そういうことを意識せず、自分自身の気持に素直に従って、前へ前へと進み続けていれば、個性や思いや伝えたいことというのは、しぜんとにじみ出てくるというか、見る人や読者がそれぞれに解釈して受け止めてくれる。そうやって委ねるべきものだとも思う。

レベルは大きく違うけれど、僕自身の文章や写真に対しても「ヤマタカさんらしいよね、ヤマタカ節だよね」とは周囲からよく言われる。僕自身は、いったいどのあたりがヤマタカらしいのか、未だにわかっていないのだけれど。笑われてるのかな(苦笑)。

くりかえしの日々

終日、部屋で仕事。今週はイマイチ調子がよくないというか、仕事に対してテンションの上がらない状態がずっと続いていたのだが、地味に粘り続けたのが功を奏して、急な忙しさで遅れ気味だったスケジュールをどうにか安全な状態にまで引き戻せた。

ここ数日間、判で押したように同じパターンの生活をくりかえしている。昼少し前に起き、適当におひるを作って食べ、コーヒーをいれ、メールとネットをチェックしながらそれを飲み、飲み終えたら仕事開始。夕方になってスーパーに食材を買いに行き、晩ごはんを適当に作り、シャワーを浴びて、仕事の続き。ノルマを達成したら、冷蔵庫からビールを取り出して、ぐびり。2時か3時頃に寝る。

これでいいんだろうか、とふと思う。自分は前に進めているのか。何かを積み重ねることができているのか。暮らしていくために必要な仕事の山に、おぼろげながら見え始めている、自分が目指そうとしている何かが埋もれてしまっているのではないか。それを目指すなら目指すで、言いようのない怖れのようなものを感じてしまうのだけれど。

「淀まず、急がず、後戻りせず」。こういう気分の時、色川武大さんの言葉は自分をハッとさせてくれる。