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来年の計画

年の瀬で何かとバタバタしてる今日この頃だが、その一方で、来年の個人的な計画も少しずつ固めつつある。

今年は特に前半でいろいろ苦戦して、諸事情も重なり、結局自分自身の企画での書籍を上梓することができなかった。来年は、前半のうちに一冊、年末までにもう一冊、作ってみたいと思っている。前半に出したい一冊は、去年からかれこれ一年も出版交渉を続けている本なので、何とか実現させたい。年末までに出したいもう一冊は、これも去年から大苦戦しつつ交渉を続けている本だが、今後の状況によっては僕個人の出版レーベルで刊行することも具体的に視野に入れつつ、準備を進めている。それに合わせて、来年末には写真展などのイベントも開催したいと思っている。

今年でほぼ唯一、自分自身の企画として納得できた仕事は、雑誌「ソトコト」2013年11月号での巻頭グラビア記事。スピティからラダックまでの道を辿る旅について、たぶん一番いい形とタイミングで世に出せたのはよかったと思う。こうした雑誌などの場での仕事も、納得できる形で携われるのであれば、来年はもっと増やしていきたい。まずはとにかく世に出さないと、誰にも何も伝わらないわけだし。

旅については‥‥今年の秋のタイ取材のような仕事は入るかもしれないが、その一方で、ラダックには来年は行かないと思う。仕事として依頼されれば別だが。その代わりというわけではないが、来年は夏の終わりに、二週間ほどアラスカへ行ってこようと思っている。狙っていた日程でのキャンプサイトの予約も無事に取れた。いきなりすごい成果を挙げられるとは毛頭考えてないので、まずはビギナーらしく、かの地での旅の仕方を勉強してこようと思う。

そんな感じかな。常に一年くらい先のことを考えておかないと到底やっていけないのが、フリーランスの身のきついところだ(苦笑)。

落ち着く場所

夕方から、駒場で取材。難しめの内容な上、思わぬトラブルでもたついたりもしたけれど、どうにか任務遂行。

帰りに吉祥寺の駅前でラーメンをすすって空きっ腹を満たし、公園近くにある武蔵野珈琲店へ。ブレンドコーヒーと季節限定のクグロフをいただく。吉祥寺には古くからの喫茶店からお洒落なカフェまで、いろんな店があるけれど、僕はこの店が一番居心地よく感じる。ひっそりと落ち着いた雰囲気で、隅々まで気配りが行き届いていて、何よりコーヒーがちゃんとおいしい。こういうお店が近所にあるのは嬉しいし、もしなくなってしまったら、すごく困る。

コーヒーをおかわりして、すっかり気分が落ち着いたところで、家路につく。それにしても寒い。

霜月から師走へ

昨日はひさしぶりに大学関係の取材の仕事があって、出かけてきた。今日はその取材を受けての原稿執筆。ネットで検索してもなかなか関連情報が見つからないような難しめのテーマだが、それを誰にでもわかるような文章に落とし込むのもまた難しい。

今週末にはまた別の大学で取材があるし、来月以降もちょこちょこ取材が入りそう。先月のタイ取材関連も、もうすぐ初校が出てくるのでその確認作業もある。年明けすぐにやる予定の割と大きめなインタビュー取材の準備もしなければならないし、僕個人で進めているプロジェクトの準備もおろそかにできない。

霜月は割と暇だったのだが、師走はやはり師走らしくなるのかな。何だか気ぜわしい。

MacBook Pro Retina 15-inch Late 2013

mbpretina自宅で仕事に使うMacを四年ぶりに買い替えた。使いはじめて三週間ほど経ち、いろいろ落ち着いてきたので、使用感などについてまとめてみようと思う。

新しく導入したのは、2013年秋に発売されたMacBook Pro Retinaディスプレイ15インチモデル(2.3GHzクアッドコアIntel Core i7、メモリ16GB、SSD512GB、キーボードをアップルストアでUS配列にカスタマイズ)。ほぼ同時に、通信&バックアップ環境も2013年6月に発売されたTime Capsule 2TBに入れ替えた。

前に使っていた2009年モデルのMacBook ProからTime Capsule経由でデータを移行した直後は、スリープ時にTime Machineバックアップがうまく動作せず、Mac側でTime Capsuleの認識が外れてしまう謎の現象が起こったのだが、アップルのサポートのアドバイスで、Time Capsuleの初期化と省エネルギー設定の変更(「Wi-Fiネットワークアクセスによるスリープ解除」のチェックボックスを外す)をしたところ、それも解消。今は何の問題もなく、快適に使えている。

形にする

この間からずっと自分の中でつっかえて手が付けられないでいた作業に、昨日あたりから、ようやく取り組めるようになってきた。形にするとしてもあと一年くらい先の話なのだが、まずは自分の中でイメージが固まりつつあることに、ちょっとほっとする。

ずっとつっかえて悩んでいたのは、たぶん、確信が持てなくなっていたからだと思う。「‥‥そこまでして、それを形にすることに、意味があるんですか?」‥‥同じような言葉を何度も何度も浴びせられているうちに、自分の中でも揺らいで、わからなくなってしまっていたのだ。

それでもやっぱり、立ち向かうしかない。

これを形にすることに意味があるかどうかなんてわからないけれど、形にしなければ、意味があるかどうかさえ確かめられない。大切にしていることを伝えるために、今の自分にできる一番いい方法で、形にする。意味があるかどうかを判断してくれるのは、それを手に取ってくれた人だ。

それでいいのだ、と思う。