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年を越して

大晦日から今日まで二泊三日で安曇野に行き、岡山から来た実家方面の人間たちと合流して、年を越してきた。温泉に浸かり、そばを食べ、雑煮を食べ、酒を飲み、神社でおみくじを引いた。今年の安曇野はほとんど雪が積もっておらず、晴天が続いて、毎日、山々がよく見えた。朝方に散歩をしていると、靴の下で霜柱がさくさくと音をたてた。

新しい年の始まり、と世間はにぎやかだが、毎年のことながら、個人的にはそんなに改まった気分でもなかったりする。つまるところ、地球が太陽の周りを回る周期に合わせて、人間がとりあえず決めた日付でしかないわけだし。地球にも宇宙にも、擦れ跡すら残らない。そして人間たち自身も、正月などあっという間に忘れてしまって、恵方巻きだバレンタインだと言い始める(苦笑)。

それにしても、今年はいったい、どんな年になるのだろう。あれやこれやで苦労させられることだけは、間違いないのだけれど。

憧れた旅

終日、部屋で仕事。一昨日リアルタイムでは聴けなかった、沢木耕太郎さんの年に一度のラジオ番組「MIDNIGHT EXPRESS 天涯へ 2016」を聴きながら作業をする。

今年の沢木さんの話は、ひときわ面白かった。ついこの間まで沢木さんが出かけていた東南アジアの旅の話を、とても軽快に、楽しそうに話されていたからだと思う。サイゴンやアンコール・ワット、シーパンドンの話を聴きながら、僕はぼんやりと、あることについて考えていた。

僕が沢木さんの「深夜特急」を初めて読んだのは、大学生の頃。まだ一歩も日本から踏み出したことのなかった僕は、本を読んで、驚き、あきれ、そして憧れた。その後しばらくして大学を自主休学し、シベリア鉄道でロシアを抜けてヨーロッパを目指す旅をしたのも、その旅の体験を文章で書こうとしたのも、間違いなく沢木さんの旅への憧れからだったし、僕なりの模倣だったと思う。

それから大学を卒業し、書くことを生業にしようとあがき続け、時にまた旅に出て、といったことをくりかえしているうちに……いつのまにか僕は、ほかの誰の旅にも似ていない、僕の旅としか言いようのない旅をするようになっていた。誰にも似ていない文章を書くようになり、写真まで自分で撮るようになった。僕の旅そのものが、僕の仕事の一部になった。

実績の面では、沢木さんの足元にもはるかに及ばないし、今後も追いつくことはまずありえない。でも、沢木さんが今も沢木さんらしい旅を続けてらっしゃるように、僕も僕なりの旅を続けていけたら、とは思う。僕の旅から生まれた文章と写真の評価は、読者の方々に委ねるしかないけれど、もし、僕の本を読んで「自分も旅をしてみようかな」と思ってくれる人がほんの少しでもいてくれたとしたら、こんな嬉しいことはない。

そのための戦いは、これからも、ずっと続いていく。

本にできること

昼、渋谷で打ち合わせ。ネパール料理屋でダルバートをいただきながらのランチミーティング。

「僕、大学生の時に、ヤマモトさんの本を読んでたんですよ。登戸の本屋さんに並んでたのを見つけて、普通に買って読ませていただいてました」と言われ、びっくりするやら、恐縮するやら。それと同時に、もうそんなに歳月が過ぎたのか、とも思う。「ラダックの風息」の初版を出してから、気がつくと7年の歳月が過ぎていた。

僕の知らないところで、誰かの家の本棚に、どこかの図書館の片隅に、僕の作った本がある。誰かの人生に、本当にほんのちょっとだけかもしれないけど、何かを残す。そうなっていたとしたら、とても嬉しいことだ。それは、本だからこそ、できることなのだとも思う。

「旅の本を作るという仕事」について、来年の早い時期に、人前で話をさせていただくことになりそう。本決まりになったら、よろしくお願いします。

旅の日々と日常の日々

今年もまあ、それなりにいろんな場所に旅をした。沖縄、ブータン、ラダック、アラスカ、タイ。さっき電卓で計算してみたら、旅に出ていた日数は合計で80日。2カ月半ちょいといったところか。夏から秋にかけては行ったり来たりのくりかえしだったので、日数以上にせわしなかった印象はあるけれど。

まだ完全に確定してはいないのだが、来年は、インドにたぶん丸2カ月。毎年恒例となってきたタイにも約4週間、行くことになると思う。この時点ですでに今年より不在期間が多いという(苦笑)。それ以外にも、短期ではあるけど、個人的な取材ではアラスカとか、仕事の取材としても1、2カ所、別の場所に行くかもしれない。先が思いやられる展開である。

旅の日々と、日常の日々。僕はどちらの時間も好きだ。カメラを手に、たった一人で異国の空気に身を浸している時間も好きだし、東京の自分の部屋でコーヒーを飲んだり、気のおけない人たちと酒を酌み交わしたりする時間も好きだ。ただ、旅に出れば、どこかで何かしら、自分から人に伝える価値のあることをインプットさせてもらえる。ある意味それが今の自分の仕事というか、役割になっている。だから僕は旅に出るのかなとも思う。

自分が旅というものを仕事の主戦場にするようになるなんて、10年前には想像すらしていなかった。コストパフォーマンスを考えると、あまり賢い選択だったとは思えないけど(苦笑)、とりあえず、力が尽き果ててどうにもならなくなるまでは、やり続けてみようと思っている。

孤独の意味

「誰もいない原野の真っ只中で、たった一人でいることが、嬉しくて、嬉しくて、仕方なかった」

20年以上前、ある人が、ある人と、ある人について話した言葉。当時、それを耳にした僕は、その意味がまったく理解できなかった。でも、今はたぶん、ほんの少しだけ、その真の意味が理解できるような気がしている。

危険をかえりみずに冒険をしたことを後で人に自慢しようとか、そんな薄っぺらい気持では断じてない。他の人間と関わるのが嫌で一人になりたかったというのとも違う。たった一人で、誰もいない原野にいる。でも、つらくはないし、寂しくもない。完全な孤独の中に身を置くからこそ、理解できる感覚。世界のすべての存在の中で、自分はそのほんの一部分に過ぎないということ。

あの感覚を、人に説明するのは、とても難しい。