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優先席

午後、向ケ丘遊園近辺で取材。空はどんよりと曇っていて、行き帰りに昨日みたいなとんでもない雷雨に降られやしないかとヒヤヒヤしたが、どうにか持ちこたえてくれて、ほっとする。

帰り道、下北沢から井の頭線の各駅停車に乗り換え。車内は割と混んでいたが、たまたま目の前の席が空いて、すぐに坐れた。

永福町のあたりで、白髪の老夫婦が乗ってきた。車内をきょろきょろと見回しているので、優先席も塞がっているのだな、と立ち上がって席を譲った。ドア付近で壁に寄りかかろうと移動した時、その反対側にある優先席を見て、驚いた。塞がってるのは塞がってるのだが、年配の人はたった一人だけ。あとはみんな、二十代かそこらの若い人たちばかりだったのだ。

そもそも、そんな若い人たちが優先席を占拠してるのにもびっくりだし、年配の人たちが乗ってきても、みんな席を譲る気配すら見せないのにもびっくりした。以前にも一度、井の頭線で意図的に席を譲ろうとしない人を見かけたけど、今回はさらにひどい。どうなってるの、井の頭線?

何というか、同じ東京に住む人間として、心底恥ずかしいよ、ほんと。

軽くはない

仕事上のやりとりで、残念な思いをした。

いろんなややこしい行き違いはあったのだが、残念だったのは、相手の人にとって、こちらの仕事はまるで他人事だという思いが伝わってきたこと。こちらが一生懸命に説明しようとても、そんなことは自分の領域ではないとばかりの冷淡な反応。こちらが善後策を練ろうと努力すればするほど、その冷淡さは際立った。

正直、悲しかった。僕たちが心血を注いできた仕事に対して、それなりに深く関わる立場のはずの人が、他人事としか思っていないという軽い態度を、当たり前のように示しているということが。

そんな風にテキトーに扱われるほど、僕たちの仕事は、軽くはない。

誰でもよかった?

朝イチから、南大沢方面で取材。2本分の原稿を書くためのやや長めの取材だったが、どうにか乗り切る。帰りに下北沢に寄り道してカレーを食べ、吉祥寺から歩いて家へ。途中、今作っている本の初校の残りが出たというメール着信。家に着いてからは、夜までずっと、その関係のメールや電話のやりとりに追われる。急に忙しくなった。

ところで、昨日起こった、AKB48の握手会でのノコギリ男乱入事件。彼女たちアイドルやそれを取り巻くビジネス構造については正直何の興味も関心もないのだが、犯人が案の定「誰でもよかった」と供述していると聞いて、んなわけねーだろ、と思わずにいられなかった。

無差別殺傷やら何やら物騒なことをやらかす人は、後で「誰でもよかった」と言ったとしても、実は誰でもいいわけじゃない。自分より確実に弱そうな立場の人を狙って、自分の方が絶対に優位に立てる武器なり何なりを必要以上に用意している。要するに、これ以上ないくらいのチキンなのだ。ノコギリなんぞ持ち出さなければ、未成年のアイドルの子とさえまともに向き合えないくらいの。

自分の境遇とか世の中に対する逆恨みとか、いろいろ後付けの理屈はされるのかもしれないけど、とどのつまりは、チキンの憂さ晴らし。やれやれだ、ほんと。

変わっていく三鷹

先週取材した分の原稿は納品したし、来週待ち構えてる取材ラッシュのことはとりあえず忘れて、今日も一日、自分を甘やかして過ごす。たっぷり寝て、たっぷり食べて、何もしない。

午後、コーヒー豆の補充のため、三鷹南口へ。まほろば珈琲店の横では、今週末に移転オープンするこいけ菓子店がすっかりできあがって、奥の方でフカザワさんが忙しそうにしている姿がちらりと見えた。途中で通りがかったフルーツの一富士の改装工事もほぼ終わったようで、ずいぶんお洒落な雰囲気になりそうな様子だった。

ラダックに行っていた時期を除いても、三鷹で暮らすようになってから、十年。この街も、ずいぶん変わった。広い梅林が潰されて面食らうような高層マンションが建てられたり、いくつもの店がオープンしては、いつのまにか別の店に変わっていたり。街が変わるのにはいろんな理由があるけれど、そこで暮らしてる人間としては、変わってほしくない場所、なくなってほしくない店は、ちゃんと応援しなければ、と思う。

何だかんだで僕自身もすっかりなじんでしまった、住みやすい街なのだ、三鷹は。

「世界の果ての通学路」

On the way to school

子供の頃、小学校や中学校への通学路は、それぞれ田んぼの中を横切る道を2キロほど歩く道程だった。高校からは自転車通学。億劫な時もあったけど、通うのが大変だったという記憶はない。

でも世界には、学校に行くのも一苦労どころではない子供たちがいる。「世界の果ての通学路」は、そんな四組の子供たちの姿を追ったドキュメンタリーだ。野生のゾウが闊歩するケニアのサバンナを、濁った水を入れたポリタンクと薪にするための枝を手に駆け抜ける兄妹。モロッコのアトラス山脈の奥深くにある村から、険しい山越えの道を歩いていく少女たち。荒涼としたパタゴニアの荒野を、妹を後ろに乗せたまま馬を駆っていく少年。南インドの漁村で、足に障害を抱える兄が坐る車いすを押しながら、えっちらおっちら登校する兄弟たち。美しくも厳しい自然、時に苛酷な現実の中で、子供たちは学校を目指す。それぞれが、思い描く未来を掴み取ろうとして。

最近のフランスのドキュメンタリーらしい鮮烈で美しい映像と、ハラハラさせられるドラマチックな展開。細かいことを言えば、撮影や編集の妙によってそういう面が綺麗にできすぎていて、ドキュメンタリーと呼ぶにはリアリティに欠けるきらいはある。ただ、それによって子供たちの逞しさやけなげさが損なわれているわけではない。観て感じ取るべきことは、確かに伝わってくる。

この子たちのように教育を受ける環境に恵まれていない子供のサポートに目を向けることは、もちろん大切。でもそれ以上に、何から何まで恵まれた環境にいるがゆえに、学ぶことの意味と価値を見失いかけている子供たちにも、この作品を見てもらいたいな、と思う。