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「メイド・イン・バングラデシュ」

バングラデシュでは数少ない女性の映画監督、ルバイヤット・ホセイン監督の作品「メイド・イン・バングラデシュ」を岩波ホールに観に行った。予想通りというかそれ以上に、重い内容の映画だった。

舞台は、バングラデシュの混沌の首都ダッカ。衣料品の縫製工場で働くシムは、工場の火災で同僚を失ったのを機に、従業員の労働組合を作ろうと決意する。労働者保護団体からの助言を受けながら、同僚たちとともに密かに署名を集めたり、職場の写真を撮影したりするシム。劣悪な労働環境、未払いのままの給料、腐敗した経営者と役人、そして社会に根深くはびこる女性蔑視。傷つき打ちのめされながらも、労働組合設立のために奔走するシムの目指す先には……。

「このTシャツ、1日何枚作ってる?」「1650枚」「あなたたちのひと月の稼ぎは、このTシャツ2、3枚分」

僕たちの身近で販売されているファストファッションの衣類の多くは、シムたちのように劣悪な環境と安い賃金で働く労働者たちからの搾取によって成り立っている。衣類だけでなく、皮革製品や、釘やネジなど、さまざまなものがそうだ。そうした搾取の上に僕たちは胡座をかいて、見て見ぬふりをしているのだと思う。この作品は、若い頃からバングラデシュでの労働闘争に関わってきた女性の実体験をもとにしている。フィクションではあるが、投影されているのはまぎれもなく、バングラデシュの、そして世界の現実だ。

ハッピーエンドともバッドエンドとも言えない幕切れは、バングラデシュの女性たちの闘いが、まだこれからも続いていくことを示している。

戦争が始まった日

昼、コワーキングスペースで仕事をしていたら、ロシア軍がウクライナに全面侵攻を開始した、というニュースを目にした。

この21世紀に、国連安保理の常任理事国ともあろう国が、隣国に宣戦布告して侵攻するとは……。信じ難い暴挙だ。ウラジーミル・プーチンは狂っている、としか言いようがない。どうして人間は、これほどまでに、愚かになれるのか。

これから、世界中の国々が、否応なく、この騒動に巻き込まれていく。資源やエネルギーは逼迫し、物価は高騰し、経済は疲弊するだろう。台湾をはじめ、似たような危機に晒される国も出てくるかもしれない。もちろん、日本も例外ではない。

今日という日は、負の意味で、歴史に残る一日になるのだろう。戦争が始まった日。もしかすると、世界の終わりが始まった日。

「グレート・インディアン・キッチン」

ココナッツを削り、すりつぶしてチャトニにする。鉄板で生地を丸く伸ばして、ドーサを焼く。かまどで薪を焚いて、米を炊く。オクラを刻む。インゲンを刻む。トマトを刻む。タマネギを刻む。バナナを揚げる。魚を揚げる。食卓の上の食べかすを拭い取る。皿を洗う。コップを洗う。鍋を洗う。

ジョー・ベービ監督のマラヤーラム語映画「グレート・インディアン・キッチン」では、冒頭から、家の台所での何気ないカットが、ひたひたと積み重ねられていく。ナレーションもBGMも何もないが、刻々と鬱積していくその短いカットの連鎖からは、監督のある強い意図を感じ取ることができる。

インド人社会の頑迷な家父長制と、理不尽なまでの男尊女卑。現代では時代錯誤にも思えるこうした慣習は、宗教との関係もあってか、いまだに根深く残り続けている。男性だけでなく、女性たち自身の中にも、こういった慣習に囚われてしまっている人は少なくないという。しかし、それは、人としてどうなのか。我々は、目を覚ますべきなのではないか。人が人として、当たり前に生活しながら、互いをいたわりあって生きていけるように。

インドだけではない。世界の他の国々にも、日本にも、こうした男尊女卑の慣習は、さまざまに形を変えて、根深く存在する。あまりにも根深すぎて、誰もが当たり前と受け止め、あきらめてしまっているような慣習が。でも、あきらめてはいけないのだと、この映画を観て、あらためて思った。

半歩ずつでも

フリーランスの身ではあるが、今日から一応、仕事始め。いつものように、朝から吉祥寺のコワーキングスペースに籠って、本の原稿を書く。

巷では、コロナ禍が再燃しつつあるようで、新規感染者数も倍々のペースで増えつつあるようだ。そう遠くないうちに、また、いろいろ面倒な雰囲気の世の中に戻るのだろう。そう考えると、気が滅入ってきそうなものだが、僕自身は、割と普通というか、まあ、ある程度予想された状況でもあるし、しゃーない、という感じで構えている。

そうしていられるのは、いくつか理由があると思う。家では、真面目な話からたわいもない話まで、家族にいつでも、何でも話せるということ。仕事では、一昨年から昨年、そして今年と、何だかんだでずっと本を書き続けられているということ。そうして作った本を読んでくださった読者の方々から、日々いろいろな感想を寄せていただいているのも、本当に支えになる。

僕の本づくりのペースは本当にゆっくりだし、一歩々々進んでいるかどうかも怪しいけれど、たとえほんの半歩ずつでも、目指す方向に進んでいけたらと思う。周囲の人々を支えたり、逆に支えられたりしながら。

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池亀彩『インド残酷物語 世界一たくましい民』読了。主に帰省中の新幹線の車内で読んだのだが、興味深い内容だった。今まで何度となくインドに行った経験のある自分でさえ、知っているようであやふやなままだった、インドという国の複雑怪奇な社会構造と、そこから生じる問題や軋轢の数々が、著者に身近な人々の実例を交えて、リアルに、かつわかりやすく紹介されている。数千年前からの執拗なしがらみに囚われ続けている人々が、それでも生き抜くために身につけた、しぶとさ、しなやかさ、したたかさ。普段からインドに関わりのある人や、まだ関わりはないけど興味を持っている人には、読んでほしい一冊。

海外渡航とブースター接種

今、世界各国で流行の兆しを見せている、新型コロナウイルスのオミクロン株。日本ではまだ市中感染の報告はないようだが、おそらくそう遠くないうちに、それなりに感染拡大してくるだろう。オミクロン株は感染力が強く、ワクチンを2回接種している人でも、ブレークスルー感染する確率がかなり高いようなので。

少し前までは、もうそろそろ海外渡航も普通にできるようになるかも、という空気だったが、ここへきて、また見通しがまったく立たなくなってしまった感がある。オミクロン株の感染を効果的に防ぐには、3回目のワクチンを打つブースター接種が必要になるそうなので、海外渡航に必要なワクチンの接種証明、いわゆるワクチンパスポートも、3回分の接種の証明でなければならなくなるのではないかと、個人的に推測している。

となると、たとえば9月下旬に2回目のワクチン接種を終えた僕が、3回目の接種を終えられるのは、いくぶん前倒しで受けられたとしても、たぶん来年の3月か4月。混雑や供給不足の度合いによっては、夏頃までずれ込むかもしれない。ほかの多くの日本人も、ほぼほぼ同じような状況ではないかと思う。

来年の春はもちろん、夏にかけても、海外との行き来はまだ、ままならないのではないかな……。

僕自身、少し前までは、来年の夏にラダック方面に仕事で行く計画をあれこれ立てていたのだけれど、今は五分五分かそれ以下の実現可能性ということで構えておこうと考えている。行けたら行けたで、行けないなら行けないで、自分にできるタスクをそれぞれ用意しておこうと思う。希望的観測にのめり込んだあげく、世情に振り回されて消耗させられるのはバカバカしいし。

ま、なるようにしかならんさ。