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#東北でよかった

「東日本大震災が起こったのがまだ東北でよかった。首都圏に近かったら甚大な被害になっていた」という意味の発言を咎められ、今村復興大臣が辞任した。その前後の発言を見ても、言葉の選び方をうっかり間違えたというより、完全に本音が露呈した形での失言で、辞任は当然だと思う。まあ、今の内閣には、これと同じレベルの失言をやらかしたり、国会で虚偽答弁をくりかえしたりしてもしらばっくれてる大臣が、他にもうようよいるが。

それはさておき、今日の昼、Twitterを見ていたら、「#東北でよかった」というハッシュタグがトレンドに流れてきた。見てみると、今村前復興相の失言を逆手に取って、「東北に生まれてよかった」「東北に来てよかった」と、東北ならではの魅力をポジティブに伝えるツイートが、本当にたくさん投稿されていたのだ。見ていて、心が温かくなるのを感じた。

今の政府の驕りと不誠実さを鮮やかに切り返して、僕たちにとって大切なものは何なのかを示してくれたハッシュタグ。TwitterというSNSだからこそ生まれた、素晴らしい現象だったと思う。

アレッポの石鹸

日曜日、代々木公園で開催されていた、アースデイ東京に行ってきた。売店でサーモン&チップスを買い、クラフトビールを飲み、ぶらぶらと会場内を歩いた。

原宿側の会場入口の近くで、シリアのアレッポ石鹸が売られていた。長引く内戦の影響で、アレッポもひどい状況になっているそうだが、アレッポ石鹸自体は工場を別の場所に移して、どうにか生産を継続できているらしい。

ほとんど反射的に列に並び、がっしりした塊の石鹸を一つ、買った。まだ使ったことのない石鹸に対する興味も、もちろんあった。でも、それ以上に、買わずにはいられない、何かいたたまれないような気持があった。

アレッポ石鹸を一つ買ったところで、かの地で苦しむ人々にとっては、何の助けにもならないのかもしれない。でも、忘れないでいること、見て見ぬふりをしないことが、まずは大切なのかもしれない、とも思う。

ふんわりした善意

個人的に、ふんわりした善意は、どうも苦手だ。

何かの目的のために、ボランティアを募集したり、寄付を募ったり、最近ではクラウドファンディングという方法も使われているけれど、呼びかける側が「私たちは、善いことをしているので、応援してください」というふんわりした善意というか、ざっくりとした思い込みだけで動いていても、同意や共感はなかなか得られないだろう。

応援しようかどうかと考えている側が知りたいのは、目的を達成するために何が必要で、どんな課題があって、それに対してどういう取り組みをしようとしているのか、といった、具体的なビジョンだと思う。少なくとも、僕はそうだ。みんなで手と手を取り合ってお花畑を駆けていくような夢想は、別に望んでいない。

ふんわりした善意だけでは、何も変えられない、と思う。

差別されて、わかること

ユナイテッド航空がアジア人の乗客をオーバーブッキングだからと機内から引きずり出した事件で、ずいぶんと世の中がかまびすしい。まあ、あれはほぼ間違いなく、アジア人に対する差別行為の一端だと思う。

僕は、今までそれなりに長い時間を旅に費やしてきたこともあって、異国で差別を受けた経験もそれなりにある。アメリカでも、ヨーロッパでも……欧米ばかりだな、あらためてふりかえってみると。つまり、日本人も、欧米諸国ではともすると、差別の対象になりうるということだ。

その時の状況にもよるが、差別をされると、想像以上に精神的に大きなダメージを受ける。差別をした側が想定しているより、それこそ何倍もきつい。だから、差別された時のつらさや痛みは、実際に差別される側に立ってみないと、本当にはわからない。

でも、旅をしていると、差別を受ける回数の何百倍も、心穏やかで優しい人々に出会う。対等な目線で向き合ってくれる人々の素晴らしさに気づくことができる。異国を旅することの一つの大きな意味が、そこにある。

仕事でやさぐれてる人への処方箋

春だからというわけでもないが、こんな話をば。

仕事柄、いろんな人に会う。取材先の人はもちろん、仕事を依頼する側の人や、同じ業務に携わる人、行く先々でお世話になる人など。はつらつと勢いに乗っている人もいれば、壁にぶち当たって悩んでいる人もいる。仕事に対して、すっかりやさぐれてしまっている人もいる。

職場環境が不当かつ劣悪であったりするような場合を除くと、仕事に対してやさぐれてる人は、大きく二つのタイプに分かれる。一方は、「どうせ自分は、能力のない、ダメな人間だから」と、自分自身をあきらめてしまっている人。もう一方は、「こんなはずじゃなかった。自分はもっとやればできる人間なのに」と、自分の能力を過信してしまっている人。後者に関しては、僕も二十代の頃にかなりその兆候があったので、今もそういう人に遭遇すると、ひりひりした気分になって、いたたまれない(苦笑)。

前者も後者も、そういう人とうまく付き合うのは難しい。前者の人に何の根拠もなく「そんなことない。がんばればきっとうまくいきますよ」とは言いづらいし、後者のような人に「いや、今のあなたにはそこまでの能力はないですよ」とも指摘しづらい。良い影響力を持つ上司の方などがいれば話は別かもしれないが……。

で、ほとんどの場合、前者の人も後者の人も、その時点での仕事に対する姿勢は、かなりなげやりになってしまっている。一つひとつの作業は雑になり、一人ひとりに対する接し方も雑になる。周囲からの評価はますます下がる。それに嫌気がさして、ますますなげやりになる、の無限ループ。そういう人が職場を変えてみたとしても、悪循環から抜け出せる可能性はけっして高くはない。

仕事でやさぐれてる人への処方箋は、たぶん、一つしかないのだ。

あまり先のことばかり考えず、その時点で目の前にある作業に、一つひとつ、きちんと丁寧に取り組んでいくこと。仕事関係で会う人、一人ひとりに、きちんと丁寧に接していくこと。一つひとつ、一人ひとり、小さな結果をもう一度最初から丹念に積み上げていく。たとえそれが、その時は「つまらない」と思うことだったとしても。そうした積み上げがすぐに周囲からの評価を変えるわけではないけれど、けっして無駄にはならないし、その先に進んだ道で大きな変化があった時、きっと確かな下支えになる。僕自身も、フリーランスに転身した頃、それに近い経験をしたから。

積み上げることを怠って、やさぐれているだけの人には、たぶん、いつまでたっても、出口は見えてこない。