Tag: Photo

鎌倉・横浜日帰り旅

今朝はちょっと早起きして、電車に乗って鎌倉へ。小町通りで旅音さんとマンブリーズさんが開催中のスーベニア・ワンダーランドに顔を出す。チビオト君も元気そうで何より(笑)。並んでる商品もすごく魅力的なのだが、文字通り早い者勝ちなので、気になる人は早めに行った方がいいと思う。

おひるはひさびさにディモンシュで、ムケッカと深煎りマンデリン。夏葉社さんの「冬の本」をぱらぱらと読む。今日の店内は、四、五人連れの高校生のグループがやけに多くて、全員揃ってオムライスをぱくついていた。ブラックコーヒーのうまさがわかる年頃になったら、もう一度この店に来るといいんじゃないかな(笑)。

再び電車に乗って、今度は横浜へ。横浜美術館で開催中の写真展「ロバート・キャパ/ゲルダ・タロー 二人の写真家」を、たっぷり二時間近くかけて鑑賞。‥‥すごい。展示点数も構成内容も、まさに圧巻。横浜美術館の本気を見た。キャパについてはいろいろ思い入れがあるので、明日またあらためて書こうと思う。

あたりがすっかり暗くなった頃、電車でひと駅移動して、横浜中華街へ。どこかで晩飯を食べようと、まったくのノープランでぶらぶら歩き回る。結局、きらびやかすぎず、うらぶれすぎずという感じの店に入り、カニ肉あんかけチャーハンとエビ蒸し餃子、ビールを注文。ちゃんとおいしかった。というか、あれだけライバル店がひしめいてたら、中途半端な味だとやっていけないだろうし。

丸一日、ずいぶんな移動距離になったけど、いろんな人に会えたり、見たかったものを見たり、おいしいものを食べたりで、いい休日になった。満足。

好きなことをして食べていく?

この間の、西村さんと夏葉社の島田さんの公開授業で出ていた話題の一つについて。

授業を受けていた学生さんが、「自分がやりたいこと、好きなことに取り組んでいきたいけれど、それで食べていけるのかどうか不安になります。どうすればいいのでしょうか」という質問をした。確かに、美大の学生さんともなると、自分の作品づくりを生活の糧にできるかどうかというのは、重要な課題なのだろう。

それに対して西村さんは、「たとえばバイオリンを学んだ人が、普段は他の仕事をしながら、週に一度仲間内で集まって演奏をして、何年かに一度、どこかでコンサートを開く。そういう取り組み方もある。好きなことをするなら絶対にそれで食べていかなければダメだ、というわけではないと思う」と指摘した。確かに、それはその通りだ。

好きなことをすることと、それで食べていくということは、必ずしも結びつける必要はない。絵画や音楽、文学などの分野で素晴らしい才能を持ち、世間的にもきちんと評価されている人が、普段はまったく別のことをして生計を立てている例はいくらでもある。それで食べていけないからといって、好きなことへの取り組みをすべてあきらめてしまうのはもったいない。

ただ、意地でも自分の好きなことをして食べていく、という覚悟で取り組んでいる人には、退路を断った人ならではの気迫と集中力が宿るのも確かだと思う。勝ち負けの問題ではないけれど、他の仕事で生計を立てながら好きなことへの取り組みを続けるのは難しい面もある。結局大事なのは、それで食べていけるかどうかではなく、自分が好きなこと、やりたいと思ったことを、とことん最後までやりきれる覚悟を持てるかどうか、なのだろう。

僕自身、好きなことをして食べていけている状態と言えるかどうか、微妙なところだと思う。ライターや編集者としての仕事全般では、まあ、かつかつ。自分が好きな旅にまつわる仕事に限ると、まだまだ。でも、自分がやってみたいこと、好きなことに取り組むには、今のフリーランスの状況に身を置いておくのが一番やりやすいし、実現の可能性が高い。だから僕は、これからもやせ我慢を続ける。

好きなことをして、それで食べていく。楽なわけないよね。

才能と職能

「一人で、書いて、撮って、編集して、一冊の本を作れるというのは、あなたの才能ですよ」という意味のことを、最近、何人かの人から言われた。

たぶん、僕の場合、持ち合わせているのは「才能」ではない。本づくりの仕事に携わるようになってから、必要に応じて身につけてきた「職能」だ。それは、そこそこの水準には達しているかもしれないけれど、個々の分野で燦然と輝きを放つトップクラスの「才能」には追いつけない、という限界も感じている。自分の「職能」の限界は、ずいぶん前から、自分でもびっくりするくらい素直に認めている。

ただ、個々の分野で煌めく「才能」を持っている人たちが、それを世の中に向けてうまく発揮することができずに、道半ばであきらめていくのも、僕は何度も見てきた。彼らには、いったい何が欠けていたのだろう。ほんのちょっとした巡り合わせか、運か‥‥。あるいは、いてもたってもいられないほどの、何かを「伝えたい」という思いか。

今までも、これからも、僕は地べたを這いずるように、じりじりと前に進んでいこうと思う。目指す先に「伝えたい」と思えるものがあると信じて。

ぶれない軸

昨日、今日と、自宅にほぼカンヅメ状態で仕事。去年の暮れから手がけている書籍の最終的なゲラチェック。一昨日の段階で、版元から校了日を二日前倒ししてほしいというびっくりするような打診を受けたが、関係者各位のおかげで、どうにかそれにも間に合いそう。

今回の仕事は、書籍の編集の実作業(進行管理と原稿整理、校正の取りまとめなど)のみを請け負っていて、企画や構成にはノータッチなので、自分の仕事という手応えは正直それほど感じていない。依頼された部分をきっちり仕上げるという点においては、プロとして手を抜いたりはしていないけれど。

昨日のエントリーの続きみたいな感じだが、よろず屋である僕のところにはいろんな仕事が舞い込んでくる。よっぽど条件や内容が折り合わなかったりしないかぎり、基本的には引き受ける方向で検討する。その点では、変なプライドが邪魔したりはしない。依頼した側がびっくりするくらい(笑)、ホイホイと軽いフットワークで引き受ける。

ただ、僕の中心には、「自分らしい旅を、自分らしい形で本にする」という、ぶれない軸がある。その軸があるから、ほかにどんな仕事が来ても、さくっと手がけられる気持の余裕があるのだと思う。ポリバレントな能力は、ぶれない軸があってこそ、いつか、本当の意味で活かせる場面が出てくるのだとも思う。

まとめると、がんばろ、ということかな。

こじれた人

夜、板橋にあるインド料理屋で、ラダックガイド本の担当編集さんと会食。

新年会という名目だが、実際のところは、彼と再びタッグを組む予定の、新しい本の企画についての密談。去年の11月末のプレゼン以来、自分なりにブラッシュアップしたコンセプトと構成案を提示して話し合う。お互いいろいろ腑に落ちて、この方向性なら、社内の新刊会議に臨めるのではないかという話になった。

この企画、「旅好きとあることがこじれてどうにかなっちゃった人の本」という一風変わったコンセプトなのだが、それについて話し合っている時、担当編集さんがぼそっと言った。

「‥‥こう言うのも何ですが、ヤマモトさんも、相当こじれてますからね!」

‥‥そう、確かにこじれてますな(苦笑)。