Tag: Photo

「写真家ソール・ライター 急がない人生で見つけた13のこと」

saulleiter
家でネットをぼんやり見ていて、たまたま情報を見つけ、気になったので観に行ったドキュメンタリー映画。日本語字幕を担当したのが柴田元幸さんというのにも惹かれたので。

ソール・ライターは、1940年代後半という非常に早い時期からカラーで作品を撮りはじめた写真家で、「ヴォーグ」や「ハーパーズ・バザー」といった錚々たるファッション誌で活躍した人だ。しかし、1980年代に第一線を退いてからは、それまでの名声を避けるようにひっそりと暮らし続けた。彼の未発表作品がシュタイデル社から写真集となって出版されたのは、2006年。彼が82歳になってからのことだ。その後、2013年に彼はこの世を去った。

この映画自体は、映画監督が構えるカメラの前で、一人の老人が穏やかに、時に茶目っ気を見せながら、ぼそぼそとおしゃべりをしたり、モノが多すぎる部屋の片付けをしたり、たまに散歩に出かけて街角でスナップを撮ったりする、言ってみればそれだけの映画だ。ただ、そうした中で何気なく口にされる言葉の端々に、彼ならではの達観した人生観がにじんでいて、「そうだよな、それでいいんだよな」と、すとんと腑に落ちる。時折挿入される彼の作品‥‥徹底して縦位置にこだわり、ガラスや水滴の映り込みを利用ながら、色彩と陰影を大胆に写し取った写真の数々も素晴らしかった。

ただ個人的に、正直言っていきなりぶん殴られたような衝撃を受けたのは、彼の助手を務めていた女性が言った言葉だった。彼はイースト・ヴィレッジで暮らしてきた55年間、ずっと同じスタイルで、発表するつもりもあてもない写真を、街を歩きながら撮り続けていたのだ、と。55年間。忍耐とか努力とか執念とか、そういうこととはもはや別次元の話だ。彼はなぜ、そんなにも長い間、ただ淡々と同じ街角で写真を撮り続けていたのだろう。たぶん、生前の彼にそんな質問を投げかけたとしても、適当な冗談ではぐらかされてしまったのだろうが。

同じ場所で、同じスタイルで、気の遠くなるほどの時間をかけて。そういう世界との向き合い方もあるのだと、僕はこの映画を観て知った。

旅の本、冬の時代

旅の本が、売れていない。書店の旅行関連コーナーに行っても、平積みされている新刊の点数が明らかに少ない。各社でシリーズ化されている旅行ガイドブックも軒並み低調だそうで、コスト的に改訂のメドが立たないものまであるという。

そもそも、海外旅行業界全体が思わしくない状況のようだ。長引く円安傾向に加え、混迷を極める中東の政情不安は、テロという形で欧米諸国にも波及している。地震などの自然災害や、少し前のエボラ出血熱の流行など、マイナス要因を挙げはじめたらきりがない。プラスになりそうな要因は、原油安による燃油サーチャージの低下くらいだろうか。今、日本からの旅行先で安定して人気なのは、台湾だけではないかと思う。その証拠に、台湾関連の本や雑誌、ムックの刊行点数だけが、最近飛び抜けて多い。

こういう状況になると、しばらく前からいつのまにか「トラベルライター&フォトグラファー」みたいなレッテルを貼られている(苦笑)僕のような人間は、やっぱり困る。僕自身は別に旅だけを専門にしてるわけではなく、今も旅とはまったく関係ない本を編集していたりするのだが、個人的に大切にしている企画のいくつかが旅にまつわる本であることは間違いないので、こういう旅行書の冬の時代の到来はきつい。

新しい旅の本の企画書を作っても、出版社では今、前にも増してなかなか相手にしてもらえない。多くの出版社が望むのは、とにかく確実に売上が見込める本。斬新なアイデアは敬遠される。だから、他社の売れ筋企画を臆面もなくパクった本が次々と出てしまったり、同じ地域についての本ばかりが妙に増えてしまったりする。本が売れないから、出版社が用意する予算はどんどん少なくなり、それにつれて品質も下がっていく。

そんな冬の時代に、僕のような人間には、何ができるのだろう?

この仕事をしている以上、常に心のどこかで、カキーンと逆転満塁ホームランを放つためのアイデアを考え続けてはいる。でも、その確率はあまり高くないし、たとえ打てたとしても、実際はそれほど潤沢に報われるわけでもない。

それよりもたぶん大事なのは、逆転満塁ホームランとは別に、本当の意味で自分が大切にしているもの、作りたいと思える本のアイデアを、ぶれずに心の中で持ち続けることなのだと思う。仕事をどうにかこうにかやりくりして持ちこたえながら、チャンスが訪れるのを、息を潜めて虎視眈々と待ち続けるしかないのだ。

‥‥ほんと、バイトでもしようかな(苦笑)。でも、もうしばらく、がんばろう。作りたい本を、作るために。

野川で撮影

朝、電車で野川公園へ。今作っている本に必要な写真の撮影に立ち会うため。午前中は薄曇りで、風が冷たかったけど、日が射すようになってからは少し暖かくなって、午後には空もすっかり晴れ上がった。

川べりや公園の中で、一週間前にロケハンしたポイントを一つずつ辿りながら、カメラマンさんにいろんなバリエーションを押さえてもらいつつ、撮影を進めていく。主役のご本人をはじめ、マネージャーさん、スタイリストさん、編プロの方、全員のご協力のおかげで、どうにか予定通りに必要な撮影を終えることができた。その頃には、木立の向こうに日が沈む寸前で、予想してたよりも結構ギリギリだったけど。

ともあれ、この本の制作で越えなければならない大きな関門をクリアすることができて、ほっとした。でも、戦いはまだまだ続く。

「今、こんな旅がしてみたい! 2016」

imatabi1612月10日(木)発売のダイヤモンド・ビッグ社のムック「今、こんな旅がしてみたい! 2016」の巻頭特集「地球の歩き方が選ぶ2016年行くべき旅先30」に、ラダックのパンゴン・ツォの写真を数点提供させていただきました。いずれも2015年夏にメラクで撮影したものです。文章の方は、同書の制作を担当した編集プロダクションの方が執筆し、僕は掲載情報のチェックのみを行っています。

自転車でロケハン

昼、ひさしぶりに愛車ブロンプトンに乗って、野川公園へ。仕事から逃避するためのサイクリングではなく(笑)、一週間後に予定している撮影のロケハンのためだ。とはいえ、雲一つない冬空の下、澄み切った空気の中で自転車を走らせるのは心地いい。

公園の入口で同じく自転車で来たカメラマンさんと落ち合い、公園やその周囲、野川沿いの自転車道をゆっくり走りながら、どこでどんな風に撮影するかを相談する。太陽の位置から影が伸びる時間帯を推測して撮影ポイントを回る順番を検討したり、休憩や車移動のタイミングを考えたり。当日、天気にさえそこそこ恵まれれば、きっといい撮影ができると思う。

今回の撮影は、編集者としてのディレクションに徹するので、正直言って、ものすごく気が楽。今年の夏、ラダックでソナム・ワンチュクさんにインタビューした時は、企画・取材・執筆・撮影・編集と、何から何まで一人でやるしかなかったので、現場では本当に頭がパンクしそうなくらいテンパっていた。あの目まぐるしさに比べれば、どうってことない。

‥‥と言いたいところだが、明日はその企画に必要なロングインタビューの収録。執筆と編集はやっぱり兼任なのであった。いつまでたっても慣れない、取材前にのしかかってくる、プレッシャー。そんな師走のはじまり。