Tag: Movie

「ストリートダンサー」

日本に戻ってきたら、余裕のある時にゆっくり観に行こうと思っていた「ストリートダンサー」が、新宿ピカデリーなどでは今週で終映になってしまうと知り、昨日あわてて観に行ってきた。間に合ってよかった……ふう。

このシリーズの前作「ABCD2」は、前にエアインディアの機内で観たことがある。わかりやすい筋書きで結構面白かったので、舞台設定は違えど実質的な第3作となる「ストリートダンサー」(Street Dancer 3D)も楽しみにしていたのだった。主演はヴァルン・ダワンとシュラッダー・カプール、そして今やインドの伝説的ダンサー、プラブデーヴァー。

物語の舞台はロンドン。怪我でダンサーとしての夢破れた兄の意思を継いだサヘージが率いるインド系ダンサーチーム「ストリートダンサー」と、裕福な家庭に生まれながらも隠れてダンスに熱中するイナーヤトが率いるパキスタン系ダンサーチーム「ルール・ブレイカーズ」は、路上で、あるいは酒場で、常に反目し合っていた。そんなある日、酒場のオーナーであるラームがひっそりと続けているある活動に、イナーヤトは大きな衝撃を受ける。やがて、優勝賞金10万ポンドのダンスバトル大会「グラウンド・ゼロ」の開催が発表される。自身も優れたダンサーであるラームはサヘージに対し、イナーヤトと力を合わせて大会に出ろと促すが、サヘージには良心の呵責を感じている秘密があった……。

前2作と今作の違いは、欧州で困窮する移民たちの問題に焦点を当てていることだろう。それぞれに夢を抱いて国を離れたものの、さまざまな理由で不法滞在者として追われ、職にも就けず、母国にも帰れずにいる人々。そんな人々を救済するために、ラームとイナーヤト、そしてサヘージたちは、グラウンド・ゼロでの優勝賞金の獲得を目指す。単なるダンスバトル映画に終わらない、シリアスなテーマを内包した作品になっていた。

反面、前作で心地よく楽しめた、技術は未熟ながら個性豊かなメンバーたちが集まって、それぞれに切磋琢磨しながらダンスをレベルアップさせ、強敵とのダンスバトルを勝ち抜いていく……という、このシリーズ本来の醍醐味は、やや薄くなってしまっていたかなと思う。ダンスシーン自体の映像は洗練されていたけれど、そこに至るまでの努力の過程を、もう少し楽しんでみたかった。

ともあれ、「インド映画って、歌って踊るんでしょ?」という時代錯誤なステレオタイプに凝り固まっている人がまだいるなら、こういう作品を見せればいいと思う。そう、歌って踊るよ。あなたの想像もつかないほどの、ハイレベルなテクニックで。

「Uunchai」

デリーから羽田に飛ぶANAの機内で、インド映画「Uunchai」を観た。2022年公開の作品で、主演はアミターブ・バッチャン、アヌパム・ケール、ボーマン・イーラーニー。エベレスト・ベースキャンプ・トレックをテーマにした映画ということで、機会があれば観ておきたいと思っていた作品だった。

ベストセラー作家のアミト、婦人服店を営むジャーヴェード、書店主のオーム、そしてネパール人で裕福な実業家のブーペーンは、昔からの親友同士。ブーペーンの誕生日を祝うパーティーで楽しい一夜を過ごした後、ブーペーンは突如、心臓発作で急逝してしまう。残された三人は、ブーペーンが生前に熱心に計画していたエベレスト・ベースキャンプ・トレックに、彼の遺灰を携えて参加することを決意する。老境に差し掛かり、それぞれ人生に悩みを抱えている三人が、遥かなる高みを目指すトレッキングの日々で見出したものとは……。

全編にわたってネパールでのトレッキングの様子が描かれているのかと勝手に期待していた僕が悪いのだが、トレッキングの様子が描かれるのは映画の後半にさしかかってからで、前半のアーグラーからカーンプル、ラクナウ、ゴーラクプルといったあたりの展開は、物語上必要なくだりとはいえ、少々タルく感じられてしまった。トレッキング自体も完全に現地ロケというわけではなかったらしく、道中の危機感を煽る描写もリアリティに欠ける感じがしてしまい、うーん……。まあ、そもそもトレッキングでそこまで危機感を煽るのも、無理があるのだけれど。

作品としては悪くはないけれど、事前の勝手な期待が大きかったので、その分、ちょっと物足りない印象になってしまった。

「PERFECT DAYS」

ヴィム・ヴェンダース監督の作品は、これまでにもそれなりの数を観てきた。個人的にものすごくフィットする好きな作品もあれば、正直そこまでピンと来ない作品もあった。で、最新作の「PERFECT DAYS」に関して言えば……大当たりだった。本当に素晴らしかった。

東京の下町に暮らす初老の男、平山は、渋谷界隈にある公衆トイレの清掃を生業としている。アラームもかけずに早朝に目覚め、植木に水を吹きかけ、はさみで口髭を整え、ツナギに着替える。缶コーヒーを買い、カセットテープの音楽を聴きながらワゴン車で出勤し、各所のトイレを黙々と手際よく掃除していく。神社の境内でサンドイッチと牛乳のおひる。大木の梢の木漏れ日を、コンパクトフィルムカメラで撮る。仕事を終えると、地元の地下街の飲み屋でいつもの晩酌。夜は、古書店の百均で買った文庫本を読みながら眠りにつく。

几帳面にルーティンを反復し続ける平山の日常は、同じような毎日に見えて、実は常に少しずつ違っている。同じように見える木漏れ日が、実は唯一無二の瞬間の連なりであるように。平山自身も、過去の苦い記憶と後悔と、自分自身の行末に対する漠とした不安を抱えている。それでも彼は、次の新しい朝を迎えるたび、空を見上げ、目を細める。

何気ない、でも、かけがえのない日常。その連なりこそが人生であり、だからこそ、すべての人の人生には、何かしらの意味があるのだと思う。

「雪豹」


2023年5月に急逝したチベット映画の巨匠、ペマ・ツェテン監督。彼の遺作の一つでもある作品「雪豹」が、第36回東京国際映画祭で上映された。折しも新刊の編集作業で多忙な時期で、チケットを入手して観に行くことはあきらめていたのだが、たまたま作業に余裕が生じたタイミングで、東京外語大の星泉先生とこの映画の関係者の方々のご厚意で、映画祭での最終上映にご招待いただき、拝見することができた(本当に有難うございます)。

物語の舞台は、アムド地方に暮らす、ある牧畜民の家。一頭の雪豹が家畜の囲いの中に侵入し、九頭もの羊の喉を噛み切って殺してしまった。一家の長男は激昂し、家畜の損失が補填されなければ、囲いに閉じ込めた雪豹を殺すと役人や警察に息巻く。取材に訪れた地元テレビ局のクルーたち。雪豹法師とあだ名されるほど雪豹の撮影に熱中する、一家の次男。雪豹を巡るさまざまな思惑が入り乱れる中、時空を超えた世界のように織り込まれる、モノクロームの映像。雪豹を、逃すべきか、逃がさないべきか……。

チベットの牧畜民たちにとっては現実でも切実で難しい問題でありながら、劇中でくりひろげられるやりとりはどこか可笑しくて、そして映し出されるアムドの原野の風景は、ため息が出るほど美しい。細かな部分に、さまざまな仕掛けがあるようにも感じる。なぜ雪豹は、自らの餌にするためでなく、九頭もの羊を、ただ喉を噛み切って殺してしまったのか。何か、目的があったのか……。ペマ・ツェテン監督が存命なら、ぜひ訊いてみたかったところだが、残念ながらそれはもう叶わない。

あらためて、監督のご冥福をお祈りします。素晴らしい作品の数々を、有難うございました。

「ランガスタラム」

先週、「K.G.F」の2本の次に観に行ったのが、「ランガスタラム」。「RRR」で日本でも一躍有名になったラーム・チャランが主演を務めた、2018年の作品。これが今、日本で劇場公開される運びになったのも、「RRR」が大ヒットしたからなのは間違いないが、日本でもインド映画人気の裾野が広がったのは、良いことだと思う。

物語の舞台(ランガスタラム)は、1980年代のアーンドラ・プラデーシュ州にある架空の村、ランガスタラム村。電動ポンプで川の水を汲み上げて畑に給水して回ることで生計を立てているチッティ・バーブは、生まれつきの難聴で、音があまりはっきりと聴き取れないのだが、本人も周囲もそのことをたいして気にもせず、日々を快活に過ごしている。一方、村では30年もの間、「プレジデント」と呼ばれ畏れられている村長とその取り巻きが君臨し、彼らによる不可解な借金の取り立てにより、生活できなくなる村人が後を絶たないでいた。村人たちの窮状に心を痛めたチッティ・バーブの兄クマール・バーブは、有力な州議会議員の後押しを得て、村長選挙に立候補する決意を固めるのだが……。

アーンドラ・プラデーシュ州ののどかな田園風景から始まった物語は、思いもよらない方向に流転、反転、暗転していき、衝撃的としか言いようのない結末を迎える。予想よりもはるかに多くの死が(ある意味「K.G.F」よりも克明に)描かれていくし、何より、チッティ・バーブ自身の選んだ道が……。この作品もまた、インド社会における富と権力の極端な偏在と、それらに対するやり場のない怒りがテーマになっている。たとえ、その怒りの行末が、誰も救われようのないものであったとしても。

個人的には、「ラーンジャナー」並に衝撃的な結末と感じたインド映画だった……。