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「ラジニムルガン」

最近、何度か通わせてもらってるインディアンムービーウィーク2021。今回見たのはタミル映画「ラジニムルガン」。主演のシヴァカールティケーヤンは、以前観た「レモ」での女性看護師の演技がめっちゃ印象に残っている。ちなみにヒロインも「レモ」と同じ、キールティ・スレーシュ。

マドゥライの富豪アイヤンガライの孫として生まれたラジニムルガンは、職にも就かず、親友のトータトリと遊び歩く毎日。幼い頃の婚約者だったカールティカと再会した彼は、彼女の実家の前でチャイ屋を開業するなど、あの手この手で彼女の気を惹こうとする。一方、アイヤンガライの所有する土地と屋敷をめぐって、街のたかり屋一味が悪事をたくらみはじめ……。

この映画には、二つの大きな特徴がある。一つは、ラジニカーントの出演作や有名なインド映画からの引用やオマージュが、驚くほどたくさん盛り込まれていること。公式によるnoteにまとめがあるので見てもらえるとわかるが、ちょっとありえないくらいの数で、よくもまあここまで、と感心してしまう。僕には元ネタがわかる場面は数えるほどしかなかったが、現地の映画ファンにはたまらない仕掛けだろう。

もう一つの特徴は、暴力や流血沙汰のシーンがほとんどない、ということ。マドゥライを舞台にした映画というと、ギャングとの血みどろの抗争とかを描いたものが多い印象だが、この作品では、誰も死なないし、怪我をするのも数人(しかも原因は不慮の事故)。殴る蹴るの場面もなくはないが、すこぶる牧歌的。ギャング映画の影響で染み付いてしまったマドゥライの街のイメージを変えたいという意図もあったのだろう。

ただ、この二つの大きなお約束を守ったがために、ストーリー自体にはあまり起伏がない。ラジニ様へのオマージュをちりばめたコミカルなシーンが、三時間ほどもわちゃわちゃと続いていく印象。悪役の所業もカワイイものだし、睨み合いはするけど殴り合いはほとんどやらないので、スリルがない。まあ、そういう縛りであえて作った映画なのだから、しょうがないのかもしれない。

ソング&ダンスシーンは明るく華やかなものが多いので、何にも考えずにお気楽な南インド映画をダラ見したい、という時にはいい映画だと思う。

「イングリッシュ・ミディアム」

2017年に公開されてスマッシュヒットを記録した、イルファーン・カーン主演の映画「ヒンディー・ミディアム」。それとストーリー上はつながりのない続編「イングリッシュ・ミディアム」がインディアンムービーウィーク2021で公開されたので、キネカ大森まで観に行ってきた。

ウダイプルの老舗菓子店一族ガシテラームの一人、チャンパクは、妻を早くに亡くし、娘のターリカーと二人暮らし。英国の大学への留学を夢見るターリカーは、猛勉強の末、見事に留学生枠に選ばれる。しかし、学校の表彰式でチャンパクが起こしたトラブルのせいで、そのチャンスはふいに。娘の夢をどうにかして叶えてやりたいチャンパクは、ロンドンに住んでいるという旧友バブルーを頼って、折り合いの悪い従兄弟のゴーピーとともに、ターリカーを連れて英国に飛ぶが……。

前作のテーマはお受験だったが、今作では海外留学。大勢のインド人の若者にとって憧れではあるが、そのために必要な莫大な費用のことなどを考えると、恐ろしく狭き門でもある。この作品でも、トラブル続出のスラップスティックな展開のそこかしこに、インドと英国、それぞれの社会に対する風刺がピリリと効いている。そんな中でも、常に底流に流れているのは、父と娘の温かなつながり。そのぬくもりをおどけながらもじんわりと表現するイルファーンの演技は、さすがだと思う。

この作品は、持病の悪化で2020年に逝去したイルファーン・カーンの最後の出演作でもある。彼の演技を見届けたい方は、映画館で、ぜひ。

「マーリ」

インド映画の特集上映「インディアンムービーウィーク2021 パート2」を開催中のキネカ大森へ、昨日に続いて今日も行ってきた。今日観たのは、ダヌシュ主演の「マーリ」。

チェンナイで下町を仕切る札付きのチンピラ、マーリ。その荒っぽい素行のせいで町の人々からは恐れ嫌われ、新任の警部アルジュンにも目の敵にされていたが、地元で盛んな鳩レース用の鳩の飼育には熱心で、一羽一羽の鳩に惜しみない愛情を注いでいた。そんな中、この界隈でブティックを新しくオープンした女性、シェリーとの出会いがきっかけで、マーリを取り巻く事態はにわかに慌ただしくなっていく……。

序盤は割とのんびりした展開で、あーなるほどーと思いながら観ていたら、インターミッションの手前あたりで、オセロで大量の石が一気にひっくりかえるような想定外の展開に。南インドのアクションコメディ特有のベタなお約束は守りつつも、最後まで飽きさせない展開で、よくできた映画だなあと感心した。

丸グラサンと奇天烈なヒゲに、チンピラのステレオタイプみたいな衣装でマーリを演じたダヌシュは、悪党を演るのが本当に楽しそうで、気持ちいいくらいに振り切れていた。本国では2019年に続編も公開されているそうなので、日本でも、ぜひ。

「マスター 先生が来る!」

今のインド・タミル映画界の至宝と呼ばれている二人の俳優、タラパティ(大将)ヴィジャイと、ヴィジャイ・セードゥパティ。それぞれ主演で数々の大ヒット作を世に送り出してきた二人が、夢の競演、しかも主役と敵役として真正面から激突する。そのとんでもない映画「マスター 先生が来る!」が、ついに日本でも日本語字幕つきで上映されることになった。何というかもう、この時点ですでに感無量である。

大学で心理学を教えるJDは、多くの学生に慕われる存在だったが、辛い過去の経験からアルコールに依存する日々を送っていた。大学内での学生会長選挙をめぐるいざこざで、3カ月の休職と、ナーガルコーイルという街の少年院での勤務を命じられたJD。しかし、その少年院は、街で急速に勢力を拡大するギャング、バワーニの悪事の温床となっていた。バワーニの非道な仕打ちから少年たちを守るため、JDは単身バワーニの一味に立ち向かおうとするが……。

丸々3時間にも及ぶ大作だが、物語自体はすこぶるシンプル。JDとバワーニの二転三転の知恵比べのような展開があるのかなと予想していたのだが、最初から思いのほか、駆け引きなしのノープランでの力勝負が展開されるので、二人の過去の作品と比べると、ちょっと意外だった。バワーニの生い立ちは冒頭である程度描かれていたが、JDの生い立ちは第三者の台詞でかいつまんで説明されただけだったので、そのあたりももうちょっと見てみたかったかなと(二人に過去の意外な因縁があったりするとなお面白かったかも)。JDとバワーニ、それぞれの人となりをもっと知ってみたかった気もするし、二人の直接の絡みももっと見てみたかったとも思う。

ヒロイン陣の存在がほぼ空気とか、少年院行きの真相それでいいのかとか、例によってツッコミどころはたくさんあるのだが、まあ……細けえことはどうでもいいんだよ(笑)。タラパティとVSPがボッコボコに殴り合う最後の対決は、単純明快に、ただただ、めちゃくちゃ熱い。あれだけでも観る価値は十二分にあるし、何ならもう一回観に行ってもいいと思ってるくらいだ。二人とも、いいぞもっとやれ。

読んだ本、観た映画

最近読んだ本や、観た映画の感想を、とりあえず短めにまとめて記録。

マーセル・セロー『極北』
チェルノブイリ近郊で立入禁止区域に残って一人で暮らす女性に著者が出会ったことが、この本の着想のきっかけだったそうだ。今よりも少し未来の、人類の黄昏時の物語。その黄昏時は、僕たちが暮らしている現実の世界にも、着実に忍び寄ってきているように感じる。何百年も先のことではなく、たぶん、もっと近くに。

『ジャッリカットゥ 牛の怒り』
ケーララ州の密林にある小さな村で、食用にするはずの水牛が脱走して大暴れ。水牛を捕まえようと追いかけ回す男たちは、やがて得体の知れない狂気に蝕まれていく。最初は「これ、怪獣映画やん」と思いながら観てたのだが、何のことはない、人間どもの方がよっぽど怪獣じみていた。面白いかと言われると、うーん、どうだろ。観る人を選ぶのは間違いない。

『竜とそばかすの姫』
前作は正直いまいち刺さらなかったのだが、今作は、細田監督の十八番であるサイバーワールドを舞台装置にした物語で、奔放で鮮やかなビジュアルと、主演の中村佳穂さんの歌声の吸引力に、文字通りシビれた。観終わってしばらくして、少し物足りないかも、と思い返したのは、仮想世界「U」の機能やディテールの描写だろうか。ユーザーが匿名のアバターとなって「もう一つの人生」を生きられる場所とされていたが、具体的にそこでどんなことが実現できるのか、もっとアイデアを見せてもよかった気がする。