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「バドリナートの花嫁」

今年のインディアン・フィルム・フェスティバル・ジャパンで観ることのできたもう1本の作品は、「バドリナートの花嫁」。主演はヴァルン・ダワンとアーリヤー・バット。監督はシャシャンク・カイタン、プロデュースはカラン・ジョーハル。この主演・監督・プロデュースの組み合わせでは、2014年に「ハンプティ・シャルマの花嫁」という作品が作られていて、「バドリナートの花嫁」は直接の続編ではないものの、ある意味同じテーマを継承・発展させた作品と言える。「ハンプティ・シャルマの花嫁」自体、シャールク・カーンとカジョールの不朽の名作「DDLJ 勇者は花嫁を奪う」を下敷きに、現代的で大胆なアレンジを加えた作品なのだが。

インドの地方都市で裕福な家系に生まれ育ったバドリことバドリナートは、知り合いの結婚式で偶然出会ったヴァイデヒに一目惚れ。あの手この手で彼女の気を惹こうとするが、信頼していた男性に裏切られた過去を持つヴァイデヒは取り合わない。それでも、ヴァイデヒの姉の縁談を取り持とうと奮闘するうちに、2人の仲は縮まっていくのだが、ヴァイデヒには密かに温めていた夢があった……。

「ハンプティ・シャルマの花嫁」は主人公がヒロインの頑固な父親を説得すべく悪戦苦闘するという「DDLJ」と同じ図式だったが、「バドリナートの花嫁」では主人公の父親の方が頑固で、2人の前に壁となって立ち塞がる。その際に重要な要素となっているのは、インド社会の構造的な問題でもある、男性に対する女性の地位の不平等さ。結婚時に女性側が要求される高額な持参金や、仕事をやめて家庭に入るのを強要される場合が多いこと、それでも自立しようとする女性の葛藤などが、「バドリナートの花嫁」ではしっかりと物語に組み込まれている。喜怒哀楽全開のラブコメ作品としてももちろんよくできているのだが、そういったインド社会だけに留まらない普遍的な課題を取り上げていたことは、観ていて好感が持てたし、いろいろ考えさせられた。大切なのは愛情だけでなく、互いに尊敬し合うこと。ほんと、そうだよなあ、と思う。

ヴァルンもアーリヤーも、演技はまったく申し分なく、相性も安定感も抜群。終始安心して観ていられる。唯一、惜しいなあと感じたのは……この作品に限らず、インド映画ではしょっちゅう目にする演出だが、男性が恋する女性の後を朝から晩まで追いかけ回すという描写。インド映画界的には、あれは押し留めようもなく燃え盛る恋心を表現したものなのだろうが、今の世界基準的には、ほぼほぼストーカー認定である(苦笑)。この作品でも結構ギリギリというか、正直ほぼアウト(実際、警察の厄介になっているし)というくだりがある。ストーキングでなくても燃え盛る恋心を表現する演出方法はいくらでもあるのだから、今後はインド映画界でもこうした傾向が解消されていくと良いのに、と思う。

とはいえ、本当に楽しくて、観終えた後にすっかり幸せな気分になれる作品だった。おすすめ。

「ディシューム ~J&K~」

毎年10月はそのほとんどをタイ取材に取られてしまうので、今までずっと参加できないでいたインディアン・フィルム・フェスティバル・ジャパン。今年はその会期が約3週間に伸びたこともあって、タイからの帰国後、会期終了間際にすべり込んで、2作品を観に行くことができた。くしくもどちらもヴァルン・ダワン主演作。

一方は「ディシューム ~J&K~」。ジョン・エイブラハムとヴァルン・ダワンのダブル主演によるバディ・アクション・ムービー。ヒロインはジャクリーン・フェルナンデス。ナルギス・ファクリーやパリニーティ・チョープラーといったきれいどころのゲストのほか、アクシャイ・クマールがチョイ役で謎の怪演(笑)。監督はヴァルンの兄でもあるローヒト・ダワンだそう。

中東の某国で開催されていたクリケット世界大会のさなか、インド代表チームのエース、ヴィラージが誘拐されてしまう。誘拐犯に身代金を要求されたインド政府は、型破りの刑事カビールを単身現地に派遣。カビールは現地で出会った新米の刑事ジュナイドをパートナーに、犯人の正体を探りつつ、ヴィラージの行方を追うが……。

ストーリー自体はとてもシンプルで、変にトリッキーな仕掛けは全然ない。車やバイクや船、はてはヘリコプターまで駆使したアクションシーンは確かに贅沢だったが、クライムアクションとしてだけ見ると割と普通だし、そんな都合のいい展開はさすがにないでしょ、的な部分もそれなりにあった。でもまあ、別に全然気にならない(笑)。この作品の一番の魅力は、カビールとジュナイドという(やたら大胸筋のごつい)二人のヒーローが、軽妙な掛け合いをしながら犯人を追って全速力で突っ走っていく、その爽快感に尽きるからだ。

鑑賞前にTwitter上で見た他の人の感想に「ヴァルンが芝犬的なポジションで好演」とあったので、どんな役回りなんだ、と楽しみにしてたのだが、観て納得。あれは芝犬(笑)。最高のハマり役だった。本国でも結構ヒットしたそうなので、第二弾も作られるんじゃないだろうか。芝犬の再来に期待。

「Raees」

先日、デリーから成田までのエアインディアの機内では、離陸が遅れたこともあってかなり疲労していて(そりゃそうだ、その日の午前中にレーからデリーまで飛んで、夜遅くまで空港内で粘ってたんだから)、映画は1本しか観ることができなかった。不覚。その1本に選んだのが「Raees」。シャールク・カーンが、グジャラートの酒密売組織の首領を演じる、ピカレスクロマンだ。

インドの中でも、現在に至るまで酒の販売が禁止されているグジャラート州。貧しい家庭に生まれ育ったライースは、親友のサーディクとともに、酒の密輸を営むマフィアの仕事を手伝いながら生き抜いてきた。やがて彼は独立し、持ち前のカリスマ性を発揮して、自身の密売組織の勢力を急速に拡大していく。そんなライースに目をつけたのが、酒の密売の摘発に異様な執念を燃やす警官、マジュムダール。ライースとマジュムダール、そして彼らを取り巻く者たちの熾烈な生存競争が始まった……。

ヒゲを伸ばし、目つきの悪いメイクをして、眼鏡をかけたシャールクは、いつもの彼特有の軽妙なノリをほぼ封印。酒密売組織の首領ライースとして、渋味のある演技を見せていた。物語の展開やアクションの見せ方も淡々としていながら凄味と迫力があって、思わず息を飲む場面も多かった。自ら法を犯す商売を営み、敵対する者は蹴散らさずにはおかない容赦のなさを持っていながら、周囲の貧しい境遇にある人々を助けようとする優しさも持ち合わせている、ライース。その優しさとナイーブさこそが、波乱万丈ながらも順調だった彼の人生に翳りが生じる原因となるのだが……。

観終わった後の感想は、まさに、どんより(苦笑)。話の流れ上、そうならざるを得ない結末だし、納得できる結末でもあるのだが、それでもまあ、やるせない。でも、見届ける価値のある作品だと思う。ぜひ。

「A Flying Jatt」

成田からデリーに向かうエアインディアの機内で観た映画、三本目は「A Flying Jatt」。キレッキレのダンスとアクションが売りの若手俳優、タイガー・シュロフ主演のアクションヒーローコメディだ。

物語の始まりは、とある湖のほとりにある小さな村。産業廃棄物を垂れ流す悪徳企業が、湖に橋をかけるため、村で崇められている聖なる木を切り倒そうとする。村の学校の体育教師アマンは、ひょんな偶然で、この聖木から不思議な力を授かってしまう。かくして、まったく頭の上がらない母親お手製のコスチュームをまとった彼は、シークのスーパーヒーロー「フライング・ジャット」となったのだった……。

いやー、笑った笑った。ツッコミどころが多すぎて、どこでどう笑えばいいかと迷うくらい。マーシャルアーツの教師ではあるものの、性格的にかなりヘタレだった主人公アマンが、いろんな点でイケてないスーパーヒーローになってしまって、人助けや強敵との戦いの中で、少しずつ成長していく。最終的には「いやいやいや。待て待て待て」と観客全員がツッコミたくなるくらい、とんでもないスケールになってしまうのだが(笑)。

お約束のベタでおバカな笑いがたくさんちりばめられたこの映画だが、実は、環境問題をとても大きなテーマとして扱ってもいる。インド国内での環境問題に対する人々の意識はまだまだ高くないというのが現状だから、こういう子供も笑って楽しめる映画にそうしたテーマが織り込まれているというのは、とてもいいことだと思う。

続編、やらないかなー。たぶんやるんじゃないかな(笑)。

「Sultan」

成田からデリーに向かうエアインディアの機内で二本目に観た映画は、「Sultan」。サルマン・カーンが主役のレスラー役、ヒロインはアヌシュカー・シャルマー。インド国内では大ヒットした作品だ。

総合格闘技プロモーターのアーカーシュは、強いインド人格闘家を求めて、インド式レスリングの元王者で、オリンピックのメダリストでもあるスルターンのもとを訪ねる。しかし彼が出会ったのは、かつての王者の片鱗のかけらもない、身体も心も緩み、疲れ切った男の姿だった。レスラーとして栄光を極めたはずのスルターンに、いったい何が起こったのか。親友ゴーヴィンドから語られたのは、スルターンとその妻アールファの身に降りかかった、悲しい運命の物語だった……。

好きになった女の子に自分の存在を認めてもらうために始めたレスリングで、世界の栄光の頂点に辿り着いてしまった男の、思いがけない挫折と、どん底からすべてを背負って這い上がる、再起の物語。映画の中では、スルターンとさまざまな選手との試合の模様が映し出されるのだが、結局、スルターンが戦っていたのは(途中で自分自身を見失いかけていた時期以外は)自分と自分の大切な人たちに降りかかった運命そのものに対してだったのだと思う。もう取り返しのつかない、失われてしまった大切な存在もあったけれど、でも、それでも、と。

あえて欲を言えば、スルターンの対戦相手たちにも、もっといろんな重い運命を背負ったライバルたちに出てきてもらって、しのぎを削ってほしかったな、とは思う。ともあれ、こういう役をやらせたら、インドではサルマン・カーン以上の役者はいないだろう。ヒロインのアヌシュカーは、序盤の気が強くて溌剌とした演技も、途中からの影のある演技も、どちらもしっくりハマっていた。王道といえば王道、お約束といえばお約束な作品だけど、素直に観れば十分に楽しめると思う。