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幸せな仕事のあり方

午前中、新宿で取材。明日はまた早朝から、新幹線で静岡に移動しての取材。こういう形での三連チャンは、かなりきつい。まあ、やるしかないか。

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昨日あたりから、「フリーランスになって半年経ってこの世で一人ぼっちになったことに気付いて究極に失敗した」という内容のブログ記事とそれに対する反応が、ネット上を駆け巡っている。それらについて思うことをつらつらと。

僕は完全にフリーランスになってから十年くらい経つが、失敗したと思ったことは一度もない。収入が不安定なのは問題だが(苦笑)、自分がやりたいと思える仕事を選んで取り組めるのは、フリーランスならでは。やりたくない仕事をやらなくていいほど、精神衛生上好ましいことはない。今の仕事の形は、自分に一番合っていると思う。

思うに、先のブログ記事の人が悩んでいるのは、自分の仕事が誰かの役に立っているのかどうか、そこに意味があるのかどうか、実感が持てないでいることも原因かなと思う(相手の顔が見えにくいWeb関連の仕事では特にありがち)。自分の生活を維持するためだけに仕事をしていると、時に、そこに意味を見出すのが難しくなる。でも、幸せな仕事とは、誰かのために何かをしてあげた時、その対価とともに「気持」を受け取れる仕事ではないだろうか。

僕自身、雑誌から依頼された仕事が中心だった頃は、そういう「気持」のやりとりを実感できずにいた。でも、自分のすべてを賭して「ラダックの風息」を書いた時、メールや手紙などを通じて、たくさんの読者の方々からの「気持」を受け取ることができた。自分は、読者の方々のために本を作っている。その手応えを本当の意味で感じられたのは、あの本の仕事が初めてだった。

お金や自己満足のためでなく、誰かのために何かをしてあげて、時にはお金以上の「気持」をやりとりできる仕事。別にクリエイティブワークでなくても、そういう幸せな仕事のあり方は見つけられるはずだ。フリーランスがどうとか言う前に、まずはそこから考えてみるべきだと思う。

プロになるということ

先月中旬、あるフォトグラファーの方にインタビューした時、印象に残っている言葉がある。

「プロのフォトグラファーになりたいと思っている若い人は大勢いますが、実際にプロになる人は、ごくわずかですよね。写真の仕事だけで生活できるかどうかわからないから、みんな尻込みしている。そういう人に、僕はよく言うんです。自分が本当にプロになりたいかどうか、真剣に考えろ。本気でなろうと思えば、何にでもなれる。でも、『なれるものならプロになりたい』と思う程度だったらやめておけ、と」

まったくその通りだなと思うし、フォトグラファーに限らず、ライターにも、編集者にも、ほかのあらゆる職業にも通じる話だと思う。実際、なろうと思えば、僕たちは何にでもなれる。その上で必要なのは、自分が選んだ道で生き抜いていく覚悟。どんなに打ちのめされても、折れない心。たとえ先が見えなくても、前に踏み出す勇気。

それが、何者かになるということ。プロになるということなのだと思う。

日常の価値

終日、部屋で仕事。今日は変な邪魔も入らず、集中して作業できた。昼はラーメンを作り、夜はパスタを茹でる。麺類づくしだが、まあ、別にいいや(笑)。

晩飯の後も作業を続け、どうにか今日のノルマ達成。この調子なら、来週の〆切に間に合いそう。風呂でシャワーを浴びてすっきりしてから、冷蔵庫からサッポロ黒ラベルを一缶取り出し、プシュッ。

すっかり当たり前のように感じてしまいがちだけど、こうして仕事終わりにビールが飲める日常がいかにありがたいものか、としみじみと思う。春には東北の震災があって、夏には父が逝って、無我夢中でラダック取材に挑んで‥‥。

やらなければいけないことが、たくさんある。忘れてはいけないことも、たくさんある。

「息もできない」

痛ましい映画だった。悲しくて、もどかしくて、どうにもやりきれない。最後まで、救いの欠片すら見当たらない。

息もできない」の主人公サンフンは、借金の取り立てを生業とするチンピラ。母と妹を死なせた父に対する憎悪に苛まれたまま、他人を暴力で傷つけることでしか生きていけない男。そんな彼がふとしたことで出会った勝気な女子高生ヨニは、心を病んだ父と荒れ狂う弟との間で、絶望に蝕まれていた。互いの心の傷の理由を知らないまま、二人は次第に惹かれあい、夜の漢江のほとりで涙を流す。だが苛酷な運命は、容赦なく彼らを押し流していく——。

一番近しい、大切な存在であるはずの家族ですら、傷つけずにはいられない人々。相手を殴りつけるサンフンの拳が血に染まり、ガツッ、グシャッと生々しい音が響くたび、観る者は思い知らされる。彼は、自分自身をも無惨に傷つけているのだと。

この映画で、製作、監督、脚本、編集、主演の5役をこなしたヤン・イクチュンは、これが初の長篇監督作品。彼自身、家族との間に問題を抱えたまま生きてきて、そのもどかしい思いを、作品として吐き出してしまいたかったのだという。自分の家を売り払ってまで製作費を捻出し、文字通りすべてを注ぎ込んで作り上げたこの「息もできない」は、彼にとって「作らずにはいられなかった映画」なのだろう。作り手として、「これを作らなければ、一歩も前に進めない」という抜き差しならない気持は、少しわかる気がする。僕自身、そういう思いにかられて本を書いたことがあったから。

ストーリーが比較的単純で伏線の先が読めてしまうとか、韓国映画特有の冗長な描写があるとか、いろいろ言いたい人はいると思う。でも僕は、この作品の評価をそんな上っ面なところでしてしまいたくない。「作らずにはいられない」という思いで、ヤン・イクチュンが自らの魂を削って作り上げたからこそ、この映画は観る者の心を動かすのだから。

がんばりすぎない

午後、銀座でインタビューの仕事。ラダック関係以外ではひさしぶりの取材だったが、どうにか首尾よくやり遂げる。

その後、外苑前に移動し、以前「ラダックの風息」のデザインを担当していただいた井口文秀さんのオフィスを訪問。軽く打ち合わせをさせていただいた後、井口さん行きつけの広尾の寿司店へ。寿司といっても、値段的にはかなりこなれている店なのだが、その割にはとてもおいしかった。

井口さんとは、僕が雑誌編集をしていた頃からの戦友的な間柄。約10カ月ぶりにお会いしたのだが、僕が何の遠慮もなくいろんな話をするのを、ニコニコと笑いながら聞いていただいた。

話が僕の父の話題になった時、井口さんが僕にこう言った。

「ヤマタカさん。お父さんのことがあったからといって、がんばりすぎない方がいいですよ」

井口さんは約七年前にお母様を急な病で亡くされたのだが、その時、そこから立ち直ろうとがんばりすぎて、逆に辛い精神状態に陥った時期があったそうだ。あまりに強く思い詰めてしまうと、それが自分自身を追い詰めてしまう、と。

本当にそうだなあ、と思う。今の僕は、父を失ったことだけでなく、その後ラダックや日本で僕を支えてくれたたくさんの人たちに絶対に報いなければ、と背負い込んでいるふしがある。背負うものが重すぎると、僕自身がそれに押しつぶされてしまうかもしれない。

がんばりすぎないように、がんばろう。