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与しやすし男

最近、頼みごとをされる機会が増えた。多いのが、「ラダックの写真を使わせてほしい」というのと、「イベント(またはメディア)に出てほしい」という依頼。知り合いからの場合もあれば、まったく見ず知らずの人から連絡を受けることもある。

基本的に、本業に支障がない案件で、読者にもちゃんと喜んでもらえて、条件面でもそこそこ妥当な線なら、引き受ける方向で対応している。ただ時々、「えっ?」というような形での依頼をされることがある。会ったこともないのに、いきなりTwitterのリプライで依頼してきた人も、今までに二、三人いる(苦笑)。「DMを送りたいのでフォローしてください」とか。何でそんなことしなきゃならないのか。

僕の本を読んでもいないのに、ノープランでざっくりと「ラダックのイベントをしてください」と依頼してきた人も、二人や三人ではない。いったい、僕にラダックの何についてしゃべらせたいのだろう? 依頼内容以前に、人に頼みごとをする際のごく当たり前の手順を踏まない人が多いことに、愕然とする。

あれかな、世間的に僕は「与しやすし男」と思われてるのかな。さして知名度も高くなく、頼めば何でもホイホイ引き受ける、みたいな。これからは気難しく腕組みして、威圧感を出す方向で行こうかな(苦笑)。

いつものペースで

ここ最近、二度の週末(三連休含む)を全部潰して取り組んでいた、編集を請け負っている書籍の原稿整理が、昨日でようやく終了。想定より超過していたページ数の調整も終わって、台割も整い、DTP担当の方にデータ一式を渡すことができた。

原稿整理に追われていたこの十日ほどの間は、結構すさんだ生活だった。ちゃんと自炊をする時間もなく、散らかり放題で静まり返った部屋の中で、缶コーヒーをすすりながら机に向かって一日中カタカタと‥‥。毎日ノルマかそれ以上進めなければ、他のスタッフに迷惑がかかるというプレッシャーで、気持的にもまったく余裕がなかった。

昨日は部屋をしっかり掃除して、今日は昼も夜も自炊。コーヒーもちゃんと自分でいれて、ラジオを聴きながら、落ち着いて机に向かう。いつもの自分のペースが、ようやく戻ってきた気がする。

‥‥まあ、来月中旬あたりにまた、修羅場になりそうだけど(苦笑)。

旅は仕事にしない方がいい?

前のエントリーで旅と仕事について書いたら、知人の方が、「僕は旅は仕事じゃない方がいい。日常と非日常は区別があった方がいろいろ充実する気がする」とコメントしてくれた。

ほんと、それはまったくその通りだと思う。世の中では、旅と関係ない仕事をしている人が大半だ。仕事と旅は区別して、働く時は働く、旅を楽しむ時は楽しむ、という生き方の方が、ずっと自然だと思う。

僕自身、旅に出るなら、依頼やスケジュールには縛られたくない。自分が行きたい場所へ、自分が行きたい時間だけ旅したい。自分らしいと思える旅をやりきって、その経験を写真や文章でカタチにするのが、僕が今まで書いてきた旅の本のベースになっている。そこから踏み外したら、自分が旅の本を作る意味はなくなってしまう。

要するに僕は、旅と仕事の、ものすごく深い狭間で、無理筋を通そうとしてあがいているのだ(苦笑)。効率よくお金を稼ぐなら、他にも選択肢はある。でも僕はやっぱり、自分らしい旅の本にこだわりたい。自分の本を手に取って喜んでくれている、読者の方々の笑顔を見てしまったから。

旅は仕事にできるか?

深夜に思い浮かんだことを、つらつらと。

今まで、旅先でいろんな人に出会ってきた。その中でも、これから就職活動をしようとしている人や、すでに一度就職したけれど転職を考えている人が、異口同音に口にすることがある。

「‥‥できれば、旅に関係のある仕事がしたいんです!」

その気持、わかりすぎるほどわかる。旅の自由がもたらす解放感とみずみずしい感動に、仕事を絡めて生活していけたら、どんなにいいだろう。でも、「旅を仕事にする」のは、簡単なことではない。

たとえば、旅行会社に就職したからって、誰もが添乗員として年中あちこち旅して回っているわけではない。大半の時間は地道なオフィスワークに明け暮れる。たまに添乗に出たとしても、四六時中お客さんに気を遣って、ぶっちゃけ、ゆっくり旅を楽しむどころではない。添乗に出ずっぱりなら、それはそれで体力的にきついし。はたで見ていても、本当に大変そうな仕事だ。

では、トラベルライターやフォトグラファーはどうだろう。これも、概して非常にささやかな予算と弾丸スケジュールの中で、あれ見てこれ見てそれを見て、と取材に追いまくられ、帰国後、ライターには苛酷な〆切が待ち構えている。それでもなかなか食っていけないのが実情だ。

どの職業にも共通しているのが、自分で旅の行先や行動を選ぶ自由がとても限られている、ということ。仕事だから仕方ない面もあるが、そこに、かつての旅で感じた解放感や感動を見出すのは、かなり難しいと思う。

「じゃ、自分で好きなように旅をして、それを本や写真で発表しよう!」という人もいるかもしれない。僕自身の仕事で一番知られているのも、ラダックを好きなように旅して過ごして、それをまとめた本だ。「旅を仕事にする」という意味では、もっともそれに近い選択肢と言えるかもしれない。

でも、この選択肢は、自分で言うのも何だが、かなりリスキーだ。これだけで生活していくのは難しい。今の僕は、他の仕事も請け負いつつ、機を見て好きなように旅をして、それをどうにかこうにか形にする、という感じでやりくりしている。依頼される形でのトラベルライターやフォトグラファーの仕事は、それを完全にメインにすると自分の旅ができなくなりそうなので、積極的に営業をかけるつもりは今のところない。

ただ最近は、もう少し別の形で「旅を仕事にする」ということが実現できるのではないか、とも思っている。自分がある程度イニシアチブを握れる環境を整えて、自分の旅の本づくりもしつつ、それとはまた別のスタイルで、自分や、自分に近い立場の人の旅を形にする仕事ができたら‥‥。

今、水面下でたくらんでるのは、そんなプロジェクトだったりする。

「最強のふたり」

パリの大邸宅で暮らす富豪のフィリップは、愛する妻を病で失い、パラグライダーの事故で首から下が麻痺する重傷を負った。周囲の人々が腫れ物に触るような憐れみと金目当てのへつらいで接する中、スラム街育ちで前科持ちの黒人青年、ドリスだけは違っていた。次から次へと辞めていく介護者の面接に来たドリスは、「不採用にしてくれ。そうすれば失業手当がもらえる」と言い放ち、フィリップにも何の同情も示さなかったのだ。何から何まで正反対の二人は、やがて不思議な友情で結ばれていく‥‥。

この「最強のふたり」(原題:Intouchables)は、2011年にフランスで年間興行収入トップを記録し、国民の三人に一人は観たという映画だそうだ。僕も前から気になっていて、昨日吉祥寺バウスシアターで観てきたのだが、じんわりとした感動に浸れる、予想以上の良作だった。たぶんそれは、フィリップが負っている身体的なハンディキャップが、ヘタな悲哀や感動の仕掛けに使われていなかったからだろう。身体の不自由も社会的な格差も関係なく、フィリップとドリスが同じ人間として互いに認め合い、育んでいく友情の確かさが、自然にテンポよく描かれていく。わかりやすく盛り上げたクライマックスではない、さらりとしたさりげない幕切れも、この映画らしいなと思った。

しかし、この邦題はやっぱり、ちょっと微妙‥‥(苦笑)。