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巻き戻るもの

終日、部屋で仕事。ここ最近、ずっとかかりきりだったタイ取材のデータチェックの取りまとめや写真のセレクトがようやく終了。明日の打ち合わせにも間に合いそうだ。

帰国して以来、何かといろいろ気忙しかったけれど、それも四週間以上休みなしで駆けずり回っていたタイでの日々に比べれば、だいぶマイルドな状態だったと思う。気候も穏やかで、ごはんはおいしいし、たっぷり寝られるし。家で自炊したり、コーヒーをいれたりしてると、いろんなものが本来の位置に巻き戻っていくような気がする。

まあ、すっかり日本時間に巻き戻ったら巻き戻ったで、そのうちまたそわそわしてきて、どこそこに行きたいなどという妄想が頭をもたげてくるのだろうな。困った病だ(苦笑)。

置き忘れてきたもの

昨日は帰国早々打ち合わせ的な集まりがあったりして、時差の抜け切らないボケボケな状態で出かけてきたのだが、今日は丸一日家にいられたし、ゆっくり、のんびり過ごして、だいぶ身体もしゃんとしてきた。

しかし、何というか、気持は未だにどこかふわふわと宙を漂っていて、まったく地に足がついてない感じだ。心の中の一部分を、彼の地に置き忘れてきてしまったかのような。次はいつ、どうやって‥‥と、気がつくとぐるぐる考え続けていたりする。

どうなるんだろうな。まあ、なるようにしかならないんだろうな。

ありふれた日々に

日々を生きていると、いろんなできごとに接する。良い知らせもあれば、悪い知らせもある。時には、どうしてそんな理不尽なことに、と、やりきれない気持になる時もある。

自分自身はというと、何の変哲もないありふれた日々を過ごしている。でも、そのありふれた日々こそが、実はかけがえのないものなのだ。自分自身が今こうして生きていられるのは、本当に、たまたまだ。運がいいだけだ。ありふれた日々に手を伸ばしても届かない人が、この世界にはたくさんいる。

今こうして生きていられる自分に、残された時間でできることは何なのか、もう一度、じっくり考えてみる。

自宅で沈没

ここ数日、ほとんど何もしていない。ただただ、ぼんやりとしている。家にいても、パソコンをちょっといじっては、ソファにごろんと寝そべって、つかの間うとうとしたり。本も読まず、テレビも見ず、ひたすらぼんやり。

夏バテというわけではまったくなく、むしろ食欲旺盛で、自分でカレーをたっぷり作って食べたりしている。何というか‥‥「撮り・旅!」発売までの全力疾走と、その直後のイベントや書店回りなどが一段落して、すっかり気が抜けてしまったのだと思う。今週は特に取材や仕事の予定もないし、月末からの旅の準備も、まだそこまで焦らなくていい時期。だったらもう、自分で自分に飽きるまで、ひたすらぼんやりしていよう、と思ってしまう。

自分の家なのに、安宿のロビーで沈没してるだらけた旅行者みたいな気分になってる。

日記という習慣

この二日間ほど、出かけたり仕事だったりでばたばたしてて、このブログを書かないでいたのだが、なぜかアクセス数はいつもよりだいぶ増えていた。「ヤマタカが日記を書かないなんて‥‥何かあったのか?」と心配して何度も見にきてくれた人がいたのかもしれない。すみません(苦笑)。

まあでも、それくらい僕にとって、こうしてWeb上で日記めいた駄文を書くことは、すっかり習慣として定着してしまった。最初に自分のサイトを作ったのは、確か‥‥(と、PC内に保存している当時のデータを見てみる)2001年3月10日。旅に出て少し途切れたりしたことはあっても、それ以来ずっと、この習慣を続けてきたことになる。

日記を続けることを目標にしてがんばってきたわけではまったくないし、別にいつでもやめていいとさえ思っている。そんなに大勢の人が読んでくれているわけでもなく、たいしたことを書いてるわけでもなく、これで文章が上達しているわけでもない。なのに、なぜか未だに続けてしまっている。

こうなったら、死の床に伏すまで、えんえんとどうでもいいことばかり書き続けるか。「あいつは最後まで、くだらないことばかり書いてたな‥‥」と言われるように。