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ムーディーな浴室

朝起きて、シャワーを浴びようとして浴室の電気をつけたら、妙に暗いことに気づいた。電球が一個、切れてしまったらしい。

今の部屋に住むようになって7年くらい(もうそんなに!)経つが、浴室にある3つの電球のうち、天井の1つは数年前に切れた。で、今朝切れたのは壁面に2つあるうちの1つ。残りは壁面の1つだけ。どうしようかなと思ったが、天井も壁面も、交換するのは部屋の他の場所と違ってだいぶ面倒臭そうだし、浴室なんて1灯あれば十分、電気代も節約できるし、という気もしてきたので、しばらくこのまま放っておくことにした。

というわけで、今のうちの部屋の浴室は、結構ムーディーなことになっている。だいぶビンボーくさいムーディーさだけど。

あぶく

窓の外は、冷たい風が吹き荒れている。

終日、部屋で仕事。制作中の本のゲラチェック。土日は電話やメールで邪魔が入らないので作業に集中できる……と考えてる段階で、何か間違ってるような気がしないでもない(苦笑)。

コーヒーとショートブレッドで休憩し、再び作業に没頭。晩飯はパスタを茹でてさっさとすませる。パスタパンを洗っている時、洗剤をつけたスポンジから、ぽぽっ、と泡が立ち、いくつかの小さなあぶくが宙に浮いた。すぐに消えるかと思ったあぶくたちは、意外としぶとく、ぷわぷわと流し台の上を漂い続けた。

僕も、このあぶくみたいなものだな。どのみちすぐ消えてしまうのだろうが、なるべくしぶとく、あがいてみよう。

「写真家ソール・ライター 急がない人生で見つけた13のこと」

saulleiter
家でネットをぼんやり見ていて、たまたま情報を見つけ、気になったので観に行ったドキュメンタリー映画。日本語字幕を担当したのが柴田元幸さんというのにも惹かれたので。

ソール・ライターは、1940年代後半という非常に早い時期からカラーで作品を撮りはじめた写真家で、「ヴォーグ」や「ハーパーズ・バザー」といった錚々たるファッション誌で活躍した人だ。しかし、1980年代に第一線を退いてからは、それまでの名声を避けるようにひっそりと暮らし続けた。彼の未発表作品がシュタイデル社から写真集となって出版されたのは、2006年。彼が82歳になってからのことだ。その後、2013年に彼はこの世を去った。

この映画自体は、映画監督が構えるカメラの前で、一人の老人が穏やかに、時に茶目っ気を見せながら、ぼそぼそとおしゃべりをしたり、モノが多すぎる部屋の片付けをしたり、たまに散歩に出かけて街角でスナップを撮ったりする、言ってみればそれだけの映画だ。ただ、そうした中で何気なく口にされる言葉の端々に、彼ならではの達観した人生観がにじんでいて、「そうだよな、それでいいんだよな」と、すとんと腑に落ちる。時折挿入される彼の作品‥‥徹底して縦位置にこだわり、ガラスや水滴の映り込みを利用ながら、色彩と陰影を大胆に写し取った写真の数々も素晴らしかった。

ただ個人的に、正直言っていきなりぶん殴られたような衝撃を受けたのは、彼の助手を務めていた女性が言った言葉だった。彼はイースト・ヴィレッジで暮らしてきた55年間、ずっと同じスタイルで、発表するつもりもあてもない写真を、街を歩きながら撮り続けていたのだ、と。55年間。忍耐とか努力とか執念とか、そういうこととはもはや別次元の話だ。彼はなぜ、そんなにも長い間、ただ淡々と同じ街角で写真を撮り続けていたのだろう。たぶん、生前の彼にそんな質問を投げかけたとしても、適当な冗談ではぐらかされてしまったのだろうが。

同じ場所で、同じスタイルで、気の遠くなるほどの時間をかけて。そういう世界との向き合い方もあるのだと、僕はこの映画を観て知った。

奥華子「プリズム」

prism奥華子がデビュー10周年の節目にリリースした8枚目のアルバム「プリズム」。無色に見える太陽の光も、プリズムを通せば、七色に分かれて見えることに気づく。日々の暮らしの中で、あるいは自分自身の心の中で、さまざまなことに「気づく」のがこのアルバムのテーマかもしれない、と彼女は以前ラジオで語っていた。

確かにこのアルバムの中では、いろんな「気づき」が歌われている。思い出の中にいる人への気持ち。いつも支えてくれていた家族のぬくもり。身近すぎて気づかずにいた大切な人の存在。何気ないけれど自分にとってかけがえのないもの。気づくことで大切にしていけるものもあれば、気づいてしまったがために傷つくことや、取り返しのつかない後悔に苛まれることもある。そういったさまざまな場面での「気づき」を選び取り、シンプルな言葉で詞に置き換えていく彼女のまなざしの確かさには、毎度のことながら唸らされる。

曲の方も、いい意味ですっぱり開き直ったというか、自分自身にとても素直に向き合って、作りたい曲を作ったんだろうなという印象。彼女の代名詞の一つでもある弾き語りの曲は、意外なことに今回は一曲しかないのだが、アレンジのトーンは全体的にとても安定していて、特にストリングスの加わった曲の繊細なアレンジは、彼女の新しい一面を感じさせる。

12月23日には、昭和女子大の人見記念講堂で開催されるライブに、ひさしぶりに足を運ぶ。このアルバムに収められたさまざまな「気づき」の曲たちがどんな風に歌われるのか、楽しみだ。

「妬み」について

自分が仕事をしながら生きていく上で、他の誰かから「妬み」という感情を持たれるなんて、金輪際ありえないだろう、としばらく前まで思っていた。でも、たぶん数年前、自分自身で書いたり撮ったりして本を作るようになった頃から、ほんの時折、そういう予想外の波動を感じるようになった。

「妬み」の原因と構造は、案外シンプルだ。相手より自分の方がセンスや実力や経験値が上なのに、相手の方が周囲から不相応に評価されて、自分よりおいしい思いをしているのが面白くないから、とか。煎じ詰めればだいたいそんな感じ。たいていの場合、そういう人の自己評価はどこかしらズレているか、よくても実力はせいぜい相手とどっこいどっこいのレベルだと思うのだが。

「妬み」を感じること自体は、別に悪いことではない。その悔しさをバネに実績を伸ばす、負けん気の強い人はたくさんいる。ただ、困ったことに、その「妬み」をネガティブな方向に発散させてしまったりする人もたまにいる。相手に対する不当な圧力や妨害、第三者に向けての中傷、ネットを使った匿名の中傷‥‥。そんなことをしても自分の評価は上がるわけがないし、単に自分自身の心を貶めるだけなのに。

「妬まれる」側にも、問題があるのかもしれない。世間の評価に実力が伴っていないのかもしれない。たとえば僕の場合は、評価も実力も稼ぎもいずれもいまいちなので(だから妬まれる理由がわからないのだが、苦笑)、「妬み」を完全に回避するには、そういう感情を相手が持つ気にならなくなるくらい、実力を伸ばさなければならない。でも僕は、持って生まれた乏しい能力をこれ以上伸ばすのは無理なので、自分の携わる分野で、小さな結果を気長にコツコツ積み上げていくしかない。誰も追随する気が失せてしまうくらい、淡々と、コツコツと。

まあでも、その前に、仕事に関わることで誰かを妬むなら、心底くだらない中傷や裏工作に走ったりせず、自分の仕事でそれ以上の結果を出して跳ね返してみせろや、とは一応言っておきたい。ほんと、くだらないことはやめましょう。