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国民的アイドルグループの謝罪について思うこと

最近はめっきりテレビを見なくなったのだが、昨日の夜10時過ぎ、スイッチを入れて、さらにめっきり見なくなっていたフジテレビにチャンネルを合わせた。先日から芸能マスコミを賑わせている国民的アイドルグループの去就について、当事者たちが生出演してコメントを発表するというので。

気味の悪い光景だった。40前後の大人の男5人が、一人を除いて喪服のような格好で、憔悴しきった顔で、何について詫びているのかもよくわからない物言いで、謝っている。というか、謝らされている。自分自身は人として別に間違ったことをしていないのに、という気持が見え隠れする表情で。

一人の人間として社会で生きていく中で、法律に触れるとか、倫理的に間違っているとかで、他の人に大きな迷惑をかけたのであれば、それについて謝罪するのは別にいいと思う。芸能人であれば、記者会見なりテレビの中なりでも。でも、マスコミの憶測を含めた報道で大騒ぎになったからって、芸能事務所を辞める辞めないのもめごと程度で、あんな風に人間の自尊心を踏みにじるようなことをさせてしまうというのは、どう考えても普通の感覚ではない。それをさも一件落着のように報じる提灯メディアの感覚も気持ち悪い。

あれを見るまでは、何だかんだで解散しない方がいろいろ丸く収まるのかなと思っていたのだが、今はむしろ、そこまでさせられるくらいなら、すっぱり解散して事務所も辞めた方がいいんじゃない?と思うようになった。人として間違った道を選んだかもしれないという思いを飲み込んだまま、口元を歪めて愛想笑いを浮かべる彼らを見守り続けたいと思う人は、いったいどれくらいいるのだろう。僕は別に彼らのファンではないが、少なくとも、今の彼らをテレビとかで見かけるのは、どうにもしんどい。

ナンバーワンにならなくていいなら、自分で自分に納得できる、裏表のない生き方をすればいいと思う。それがどういう道であっても。

人生の終え方

東京は今日、初雪が降ったらしい。終日、部屋で仕事。

デヴィッド・ボウイが昨日亡くなったということで、J-WAVEもInterFMも追悼特集を組んで彼の曲を流し続けている。ヒーローズ、ジギー・スターダスト、チャイナ・ガール、ライフ・オン・マーズ、ファイブ・イヤーズ……。今日だけで、世界中でどれほど多くの人々が彼の曲に耳を傾けたのだろう。

ラジオで、彼が死の二日前にニューアルバム「ブラックスター」をリリースしたばかりだったと知る。一年半に及ぶ癌との闘病を続けながら、文字通り最後の最後まで、一人のミュージシャンとして音楽を作り続けていたのだと。そして今、世界中の人々が彼の人生を思いながら、彼の曲を聴いている。何という人生の終え方だろう。こんな時にカッコイイという安易な言葉は使いたくないが、それでもカッコよすぎる。

僕も自分の人生を終える時は、最後の最後、ギリギリまで、文章を書くこと、写真を撮ること、本を作ることにこだわり続けていたい。デヴィッド・ボウイのようにカッコよすぎる終え方は絶対できなくて、僕はきっと、みっともなくじたばたあがいてるうちに終えてしまうと思うけど。

次の本が最後の一冊になっても後悔しないように、精一杯、心を込めて本を作ろうと思う。

本棚の整理

ほんのちょっとだけ、一念発起。スライド書棚の整理に取りかかる。

仕事机の左隣にあるこの書棚、いろいろ詰め込みすぎて長らくカオスな状態となっていて、本棚なのか物置なのかもよくわからなくなっていた。とりあえず容量に比して本と雑誌が多すぎるので、もう読むことはないだろう古雑誌をごっそり取り出し、小分けにして紐で縛り、古紙回収に出す。あふれかえっていた本を空いたスペースに並べ直し、書類や細かいガラクタを整理すると、どうにか真っ当な本棚の見た目を取り戻すことができた。まあ、奥の方にはまだカオスな部分が多少残っているのだが(苦笑)。

去年からこのかた、日本と海外と行ったり来たりの日々がずっと続いて、年末も相当忙しかったので、いつのまにか、東京の家での日々の暮らしが結構おざなりというかテキトーになっていた気がする。掃除とか整理整頓とか、地味だけど毎日の生活をちょっとずつメンテナンスすることも忘れちゃいけないな、と思う。

本棚の整理一つで、思いのほか、すっきりといい気分になれた。

自分は自分以上になれない

考えてみると、今という時代は、至るところで自己紹介やプロフィールを書く必要に迫られている気がする。昔ながらの履歴書や職務経歴書なんてものだけでなく、Webサイトやブログ、FacebookにTwitterにInstagramに……何でもかんでも。

匿名にしたい場合はプロフィールも煙に巻くような内容で別に構わないわけだが、実名の公表が必要な場合、あるいは自ら実名の公表を望んでいる場合は、それなりにちゃんとした内容のプロフィールを載せなければならない。これもまあ普通に考えれば、事実に基づく自分の経歴と現在の立ち位置をそのまま書けばいい。でも最近は、経歴や実績を事実以上に盛ってみせたり、嘘で塗り固めたり、実際は何の裏付けもないのに相手に都合よく受け取ってもらえそうな耳ざわりのいい言葉を選んだりしている人もいる。そういう、いかにも前のめりな虚勢を張っていそうなプロフィールの人を見かけたら、僕はとりあえず用心してかかることにしている。

詐欺師か何かならともかく、普通の人が自己紹介やプロフィールで自分を優れた能力のある人間に見せかけても、あとでメッキがはがれた時のダメージが大きくなるだけだと思うのだが、どうだろう。自分は結局自分以上にはなれないのだから、そんな上っ面のごまかしに頼るのではなく、日々の生活の中で自分のすべきことに淡々と取り組んで、ありのままの結果を示せばいい。僕はそう思う。

Happy New Year 2016

Phrae
あけましておめでとうございます。2016年もよろしくお願いします。

今年の抱負は……自分にできることを、がむしゃらに、やれるだけやる。自分や周囲の人々が良いと信じていることでも、何らかの原因でうまく実現できないことはあるかもしれない。それを世間や誰かのせいにするのではなく、だったらそこから自分に何ができるのかを考える。難しかったり、しんどかったり、いろいろあるかもしれないけど、自分一人でくさって立ち止まるようなことだけはしたくない。

……えらそうなこと書いちゃった。なので、がんばります(笑)。

写真はタイ北部の小さな街、プレーにて。よーく見ると、後ろに、もう一匹。