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孤独の意味

「誰もいない原野の真っ只中で、たった一人でいることが、嬉しくて、嬉しくて、仕方なかった」

20年以上前、ある人が、ある人と、ある人について話した言葉。当時、それを耳にした僕は、その意味がまったく理解できなかった。でも、今はたぶん、ほんの少しだけ、その真の意味が理解できるような気がしている。

危険をかえりみずに冒険をしたことを後で人に自慢しようとか、そんな薄っぺらい気持では断じてない。他の人間と関わるのが嫌で一人になりたかったというのとも違う。たった一人で、誰もいない原野にいる。でも、つらくはないし、寂しくもない。完全な孤独の中に身を置くからこそ、理解できる感覚。世界のすべての存在の中で、自分はそのほんの一部分に過ぎないということ。

あの感覚を、人に説明するのは、とても難しい。

radikoタイムフリー賛歌

今年の10月から、radikoに新しく導入されたタイムフリー機能。番組が放送されてから1週間の間なら、いつでもその番組を聴くことができるようになった。この機能、ほんと、まじで、スバラシイ。

僕は家にいる時、原稿執筆に集中していたりインタビューの音声起こしをしていたりする時でなければ、たいていラジオかCDをかけ流しにしている。好きなラジオ番組はいろいろあるのだが、時間帯によってはどこの局も、うーん、イマイチ、という時もまあ結構ある(苦笑)。外出していたりして、好きな番組を聴き逃す時も少なくない。でも、タイムフリー機能を使えば、そういう惜しい時間を取り戻して、埋め直すことができる。ほんと、拍手喝采である。

ちなみに今聴いているのは、昨日外出していて聴き逃した、Inter FMの「Barakan Beat」。同局の水曜深夜の「JAZZ ain’t Jazz」と「Tokyo Moon」もよくタイムフリーで聴き直している。落ち着いて聴ける音楽主体の番組が多いかな。それにつけてもこのタイムフリー、本当にいい取り組みなので、これからも改良を重ねながら、続けてほしいなと思う。

ガタが来ている

3日間の総合旅程管理研修を一昨日に終えた後、昨日は昼の2時頃まで、寝床から起き上がれなかった。慣れない詰め込み勉強に朝から晩まで取り組んだことで、相当疲れがたまっていたらしい。起きてもしばらくの間、頭が全然回らなくて、大学案件の原稿に取りかかれる状態にまでしゃんとしたのは、夜中近くになってからだった。

まあでも、疲労がたまりやすかったり、たまった疲労が抜けにくかったりするのは、単に歳を取ったことで身体にガタが来はじめてるからだとも思う。タイ案件の担当編集さんともこの間そういう話になって、「年を追うごとに、タイから帰国した後、疲労が抜けるまでに時間がかかるようになってますよね……」という点で意見が一致した。

単純なもの忘れもよくやらかす。大事なことはブロックメモに書いて、それが必要な時に部屋の中で目につきやすい場所に置くようになった。記憶力の低下も結構なもので、この間、自炊の話をしていた時に、なぜか「片栗粉」という言葉をド忘れした(苦笑)。

あと、この間やった忘年会の時に同年代の人たちとちょっと盛り上がったのが、「自分の歳をド忘れする」という話(笑)。サバを読むとかそういうことでなく、本当にナチュラルにド忘れしたり、間違ったりしてしまうのだ。ここまでくると、もう正真正銘のおっさんである。

まあ、歳を取ったら取ったで、楽しみや面白みもいっぱい出てくるんだけどね。

死を思う

午後、八丁堀で打ち合わせ。2時間ほどみっちり話し込む。早めの晩飯にビリヤニを食べ、東京駅から中央線に乗って、帰路につく。

電車が三鷹駅にすべりこんで、さて降りるか……と思ったら、ドアが開かない。乗っていた電車の先頭で人身事故が起こったとのアナウンス。それから15分ほど、車内で待つことになった。こういう事態は二度目の経験だ。

まだ若い女性の車掌さんが、気丈に平静を装いつつ、最後尾から車内を移動していく。非常用ノブでドアを開けようとして止められてるおっさん。なぜか楽しげにおしゃべりしてるおばさんたち。さっさとドア開けりゃーいいのに、と大声で好き放題言ってるあんちゃんたち。そういう人たちもいるにはいたが、ほとんどの人は、ぎゅっと胸を押しつぶされたような顔で、黙ってスマホをいじっていた。

どんな人が。何の理由で。僕には知る由もない。悲しいし、やるせない。

生きることに絶望してしまう人もいれば、生きたくても生きられない人もいる。自らを殺してしまう人もいれば、誰かに殺されてしまう人もいる。人間はどうして、こうもうまくやれないのだろう。

子供と大人の味覚

食べ物に関して、僕はほとんど好き嫌いがない。日本人感覚でいうゲテモノは自ら進んで食べたりはしないが、食えと言われたら、まあ、食えなくもない。この間もタイの田舎町で、何かの拍子に炒ったイモムシをすすめられて、ぽいっと食べちゃったし。

でも、子供の頃は、嫌いとまではいかないけど、別にうまくもないなあと思いながら食べてたものは、結構たくさんあったような気がする。たとえば、岡山県はばら寿司が割と有名だが、あれに使われる酢じめの魚やレンコンといった具材が苦手で、ばら寿司自体もうまいとは全然思っていなかった。焼いたアナゴも割とよく食卓に上っていたけど小骨の感触が好きになれなかったし、野菜だとさやいんげんとかさやえんどうの類はもきゅもきゅした歯ごたえがイマイチだと思っていた。まあでも、そういうのを食べずに残すことが許されるような育てられ方でもなかったし。

今となっては、どれもこれも、何のためらいもなく、ぱくぱく食べられる。子供と大人、味の感じ方というのは変わるものだなあと思う。単に鈍くなっただけかもしれないが。