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ビフテキとメーテル

昼の間に、推敲を終えた原稿を納品。これで出発までに終わらせる必要のあった仕事は全部片付いた。夕方になって雨が止んだので、歩いて吉祥寺へ。昨日の荷造りの時に足りないと気付いたものをいくつか買う。

晩飯は、吉祥寺の立ち食いステーキ屋で、リブロースステーキ。隣では僕よりも年配のおじさんがものすごい量のサーロインステーキをもりもり食べている。カウンターの反対側では若い女の子が一人で食べてるし、カップルも二組ぐらいいる。野郎御用達の店かと思いきや、客層もいろいろだ。

僕的には、「ステーキ」よりも「ビフテキ」という言葉の方が好きで、何だか愛着が湧く。子供の頃に見た「銀河鉄道999」で、メーテルが何かにつけてビフテキを食べていたのが、ほんとにうまそうで。あれによる脳への刷り込みは半端なかったと今でも思う。

ちなみに「ビフテキ」の語源は「ビーフステーキ」ではなく、フランス語の「ビフテック(bifteck)」という説が有力なのだそうだ。どっちにせよ、カタカナ4文字の「ビフテキ」が、一番うまそうだな。

老いに思う

僕もまあ、なんだかんだで、ええ歳こいたおっさんである。白髪は増えたし、肌もくすんできた。身体も昔ほど無理が効かない。長めの海外取材の後など、疲労が抜けるのに時間がかかるようになった。

とはいえ、別に、歳を取っていくことを毛嫌いしたり、恐れたりはしていない。まあ、それはそれで人間のあるべき姿だと、従容と受け入れている。だから、老いを隠そうとか、無理に若づくりをしようとかは、まったく思わない。いいじゃん、別に、年相応で、と。

ただ、同じ老いるのでも、自分自身の操縦桿を手放してしまうような老い方はしたくないな、とは思う。それは、身体の自己管理だけでなく、周囲の人との付き合い方とか、仕事への姿勢とか、もっと言えば心のありようとか。それが許される状況であるかぎり、なるべく操縦桿は自分自身の手で握っていたい。

そうでなくても、人間はしばしば困難にぶち当たって、自分ではどうにもならない理由で制御を失ってしまうのだ。単なる怠惰や妥協に身を任せてしまうのはもったいない。

アメリカンコーヒー

喫茶店に入って、ブレンドコーヒーを注文した。初めて入った店だった。カフェというより、昔ながらの喫茶店。店内は広く、席と席の間もゆったりしていて、悪くない。

やや酸味の強い、いかにも昔の喫茶店の味という感じのブレンドコーヒーをすすっていると、まだ全部飲み終わらないうちに、なぜか目の前にもう一杯、コーヒーが運ばれてきた。

「サービスです。アメリカンコーヒーですが、よかったら」

びっくりした。スタバとかで新商品の試飲を小さなカップで出してもらえたりすることはたまにあるが、こういう昔からの喫茶店で、コーヒーを丸々一杯おまけされるなんて経験は、初めてだ。初見の客だったから、ちょっとおまけしてもらえたのだろうか。しかし、なぜ、ブレンドを飲んでる客にアメリカン。

正直、アメリカンはちょっと苦手なんだけど(笑)、このお店には、また来ようと思った。おまけ目当てとかではなく、なんとなく、いいなあ、と。

わかっているのは、わからないということだけ

この間、友人の関健作さんのブログで、青年海外協力隊や長期の旅行など、海外で長い時間を過ごして帰国した人が陥りがちな落とし穴について、傾向と対策を分析した記事を読んだ。関さん自身の体験が練り込まれた、とてもいい記事だった。

海外で長い時間を過ごす中でいろんな体験をして、それまでの人生にない感動や達成感を味わった人が、帰国した後の日常とそこから地続きのそれまでの人生に引き戻されて、ともするとそのギャップに苦しむ羽目に陥るという話は、とてもよくわかる気がする。

じゃあ、自分の場合はどうだったのか。二十代初めにやった最初の旅の頃をふりかえってみると……帰国してからのギャップ以前に、旅をしている最中から、全然別の面で自問自答し続けていたように思う。

神戸から上海まで船で渡り、列車を乗り継いで西安から新疆ウイグル自治区を回り、北京からモンゴル経由のシベリア鉄道に乗って、ソ連崩壊直後のロシアへ。エストニアの国境でビザがないと追い返され、ほうほうのていでポーランドまで逃れ、ユーレイルユースパスを使って夜行列車を宿代わりにして、そこから2カ月。あちこちの大学の寮に居候したり、フリマで売り子を手伝ったり、時には騙されたり。いろんな人と出会い、そして別れた。やるせない悲しみにも、理不尽な憎悪にも出会った。

それまでの僕は、世界のことを何も知らなかった。今ふりかえると、信じられないほど狭い視野と価値観でしか、世の中を見ていなかった。そこそこましだろうと何の根拠もなく思っていた自分の能力や存在価値は、世界の中ではほんの取るに足りない、芥子粒のようなモノでしかないことを知った。自分は何一つ知らないし、わかっていない。わかっているのは、わからないということだけ。自分のひ弱さ、情けなさを、嫌というほど思い知らされた。

だから僕の場合、最初の旅は、自分がいかにしょうもない、取るに足りない人間かという現実を自覚するラインまで戻るための経験だったように思う。わかっているのは、わからないということだけ。たとえそうだとしても、それでも自分にできることはあるのか。あるとしたら、そのためには何が、どんな力が必要か。考えに考えた。考えながら、必要になるかもしれない能力を悪戦苦闘しながら身につけ、磨いた。二十代のほとんど全部を、そんな自問自答に費やしていた気がする。

同じような旅の経験をした人と違うところがあるとしたら……僕の場合、そこまで自問自答し続けても、自分のこれからの生き方を誰かに相談したことは、たぶん一度もない。自分の生き方は、自分で決める。人の意見に頼って後悔はしたくない。そこだけは、今までもこれからも、きっと変わらないだろう。

僕の旅は、自分の無知と無力さを思い知らされるところから始まった。人によるのかもしれないけれど、そういう旅から何かを考え始めるのも、悪くはないんじゃないかと思う。

人気者になりたい人

人気者になりたい人、たくさんの人から共感を集めたい人というのは、いつの世にも少なからずいる。これだけWebやSNSが発達した世の中だと、それらの網の目を通して、人気者願望を持つ人たちの思惑が透けて見えることもある。

「人気者になりたい」「人から共感を集めたい」という思惑だけが目的化してしまっている人、あるいはその先に「あわよくばそれで金儲けしたい、異性にモテたい、いい思いをしたい」みたいな欲望が直結してしまってる人は、たいていの場合、人気者にはなれないし、共感もたいして得られないし、いっときうまくいきそうでも結局長続きせずに、ずっこけてしまうだろう。

本当の意味で多くの人から共感を集めている人は、自分が人にどう思われようがおかまいなしに、その人自身が誰かのために大切で役に立つと信じる物事に、ただひたむきに取り組んでいる。その姿勢こそが、共感を集める源になるのだと思う。

僕は……僕は、どうなんだろ。とりあえず、好き勝手にはやらせてもらっているのだが、共感を集めるにはレアでマニアックすぎるところに突っ込んでしまったかもしれない(苦笑)。