Tag: India

インドビザ無効化

昨日の夕方、急に、これまでに発給されている日本人向けのインドのビザはすべて無効になる、と発表された。新規のビザの申請は一応大使館で受け付けているようだが、おそらくほぼ不可能だろう。これからしばらくの間、日本からインドに行くことはできなくなった。

あと10日くらいしたら、僕も取材や執筆・編集で関わっている「地球の歩き方インド」の最新版が発売されるのだが、よりによって、このタイミングとは……(苦笑)。今年の夏の催行を計画していたラダックやザンスカールでのツアー企画も、実現は非常に厳しくなった。まったくもって、やれやれである。

とりあえず今は、目の前の仕事……来月出る新しい本の編集作業に、集中しなければ。刊行記念トークイベントも延期にする可能性が出てきたけど、それも含めて、その時その時に選べる最善の選択肢を、選んでいくしかない。

「プレーム兄貴、王になる」

この「プレーム兄貴、王になる」、実は今まで全編通して観たことがなかった。IFFJ2016での上映時にはタイ取材で観る機会がなく、エアインディアの機内上映では割といつも用意されていたのだが、それで逆に「機内で今見逃すともうチャンスないかも」という他の作品をつい優先してしまっていた。今週から近所のアップリンク吉祥寺で上映が始まったので、ようやく観ることができた次第。

しがない下町劇団の役者プレームは、災害現場で支援活動をしていた時に見かけたマイティリー王女に憧れて、王女のNGOへの寄付金をせっせと集めている。その王女が、婚約者のヴィジャイ王子の即位式に参列すると聞きつけたプレームは、役者仲間のカンハイヤとともに寄付金を持ってバスでプリータムプル王国へ。ひょんなことから王国の城に招かれたプレームは、密かに地下室で治療を受けていた、暗殺されそうになって重傷を負ったヴィジャイ王子を見て、驚く。王子の顔は、まるでプレームの生き写しのようにそっくりだったのだ……。

これ以上ないくらい王道のインド映画だ。華やかな王族たちの間に突如現れた、完全無欠の善人の主人公。彼の無償の愛が、人々のわだかまりを解きほぐし、めでたしめでたしの大団円へと導いていく。きらびやかなロケ地やセット、ふんだんに披露されるダンスシーンなど、往年のインド映画が備えていた、いい意味での「お約束」が随所に散りばめられていて、すっかり安心して観ていられる。逆に言うと、物語として予想を覆すような展開はほとんどないのだが(そこをあっさり端折りますか的なツッコミを入れたい箇所はあるが)、この作品はあえてそういうおとぎ話のような造りにしているのだと思う。

これは「お約束」を楽しむための映画なのだ。インドの人々が現実をつかの間忘れ、夢の世界に浸るための。僕も約3時間、とっぷり浸らせてもらった。

重箱の隅をつつく

毎日、ひたすら、本の原稿の推敲作業に、没頭している。

内容的な面での見直しは一応終わっていて、今週からは、より細かい部分に焦点を合わせた見直しに取り組んでいる。具体的には、草稿のテキストファイルを画面左に置き、中央に新しいファイルのウインドウを開いて、最初から一文字ずつ、草稿を見ながら打ち直している。表記がばらつきがちな単語は、画面右に置いたもう一つのファイルのウインドウに表記をメモしていく。11万字をゼロから打ち直すので、手間は恐ろしくかかるのだが、自分的には、一番いいやり方だと思っている。

ゼロからテキストを打ち直していると、草稿を目で読み返していただけでは気付かなかった、細かい修正点に行き当たる。たとえば、空港で飛行機から滑走路に下りる場面で、草稿では「タラップを降りて、機外に出る」と書いていたのだが、よく考えると、タラップを降りる前に、すでにドアから機外には出ているわけだ。「機外に出て、タラップを降りる」とした方が、より矛盾のない描写になる。こういう、文字通り重箱の隅をつつくような細かい修正点を洗い出して、納得がいくまで直していく。それが、僕の推敲のやり方だ。

ひたすら重箱の隅をつつきまくって、原稿の精度を上げていく。本を一冊書くのも、なかなか、しんどい。

「Simmba」

台湾からの帰りの飛行機の機内で、インド映画「Simmba」を観た。「ガリーボーイ」の公開で日本でもよく知られるようになったランヴィール・シンが主演。監督は「チェンナイ・エクスプレス」のローヒト・シェッティー。

身寄りのない孤児として育ったシンバは、幼い頃からの「警官になって権力を握る」という夢を実現し、警部としてやりたい放題の放埒な日々を送っていた。赴任先のミラマーでも、地元の黒幕ドゥルバーの悪行を黙認どころか加担までする始末。しかし、妹のように目をかけていた医学生アクリティの身に起こった事件を機に、シンバの生き様も大きく変わることになる……。

今回のランヴィールは、珍妙な髭をたくわえ、軽妙な台詞をマシンガンのようにまくしたてる、コミカルな役。「ガリーボーイ」のムラドとも、「パドマーワト」のアラーウッディーンとも全然違う役で、ある意味、CMの「チンさん」に一番近い(ローヒト・シェッティーも以前このCMの監督を担当しているし)。この「Simmba」でも、軽薄ながらもキメる時はキメてくれて、観終わった後にすっきりさせてくれるような役回りなのかな、と思っていたのだが、さにあらず。

インドではしばらく前から、フェイク・エンカウンター(偽装遭遇戦)という事象が社会問題になっている。警察や軍が、犯人が刃向かったとでっち上げて、自分たちで超法規的に粛清してしまうというものだ。理由は、凶悪犯罪だが裁判による立証が難しいとか、警察や軍にとって都合の悪い犯人の口封じとか、いろいろあるようだが、いずれにしても、まっとうな方法ではない。去年の暮れにも、ハイデラバードで起きた集団レイプ殺人事件の犯人4人が、現場検証に連れ出された際に「警官から銃を奪って発砲したため」その場で射殺される、という事件が実際に起こったばかりだ。

ネタバレになるので詳細は書かないが、「Simmba」では終盤、フェイク・エンカウンターによる粛清を礼賛していると受け取られかねない展開があって、観終えた後の後味は、正直言ってすこぶる苦い。娯楽映画なのだから、もっとまっとうに、知恵と勇気と人情で逆境を跳ね返す展開にできなかったものか……。そのあたり、かなり残念だった。

この一行のために

夏からずっと取り組んでいる本の草稿の執筆も、そろそろ終盤に差し掛かってきた。

今日は、この本の中で、一番大切な部分の文章を書いた。全体を書き始める前から常にイメージし続けていた文章だし、そもそも現地で取材していた時から「この話は、何が何でも書かねば」と思い詰めていた文章でもあった。この本を作るというプロジェクトそのものを、僕に決意させた文章だ。

書く作業自体には、何の迷いも苦労もなかった。頭の中で、長い間、ずっと思い浮かべてきた文章だったし。でも、慎重に書き終えて、読み返して確認し、形を整え終えたとたん、ほっとして、かくっ、と力が抜けてしまった。ようやく、これを書くことができた。この一行のために、ここまで10万字以上、積み重ねてきたのだ。

本全体を締め括るまで、あともう数千字から1万字くらいは書かなければならないし、その後は果てしのない推敲作業が待っている。台割も確定させて、写真を膨大な数の中からセレクトしなければならない。編集作業、校正作業、色校チェック……道程は、まだまだ遠い。

でも、今日はもういいや。力が抜けた。今夜は寝る前に、ボウモアでオンザロックを作って、ちびちび啜ろうと思う。