ロストバゲージ

10月初旬、ラダックでの取材を終え、飛行機でレーからデリーに向かう時のこと。

レーの空港でチェックインする時、僕が手荷物で持ち込んでいた手提げ袋が、セキュリティチェックで引っかかった。その中には、お土産に買ったナチュラルソープが1ダースほど入っていたのだが、担当者曰く「固形石鹸は機内に持ち込めません」とのこと。‥‥あんないい香りのするものが、プラスチック爆弾に思えるのだろうか(苦笑)。ジェットエアウェイズのキャビンアテンダントが預かって運んでくれることになったので、僕は言われるままに石鹸を別の袋に入れて渡すことにした。

飛行機は一時間ほど遅れたものの(この路線では日常茶飯事)、約一時間後、デリーに到着。きらびやかなターミナルに降り立った僕は、自分のバックパックを引き上げた後、別に預けていた石鹸を受け取るため、バゲージエンクワイアリーのカウンターに行ってそのことを告げた。

10分経ち、20分経ち、30分経ち‥‥我が石鹸は、いっこうに出てくる気配がない。で、40分後。男の担当者がおもむろに「残念ながら、あなたの手荷物はロストしてしまいました。つきましては‥‥」としおらしく言いはじめた。

ちょ、ちょっと待て。たった一時間のフライトで、そんな簡単にロストバゲージするのか? 石鹸といっても、合計で1000ルピー近くも払って買ったものだ。あきらめるわけにはいかない。

「あなた方の会社のキャビンアテンダントに直接渡したんですよ。まだ機内に置いてあるんじゃないですか? もう一度、探してきてください! すぐに!」

で、さらに20分後。「見つかりました。機内に残ってました。機内にはこういうものは持ち込めませんので、以後気をつけてください」

あー、やっぱりね(苦笑)。「ゴメンナサイ」のひとこともないけれど、まあ、見つかっただけましだった。あきらめなくてよかった。ジス・イズ・インディア。

土曜の午後なのに

朝起きて、居間のカーテンを開けると、窓の外の生け垣の向こうを、白いヘルメットを被った人たちがうろうろしていてびっくり。しばらくすると、ダダダダダ、とドリルがアスファルトを砕く音や、ガーッ、ガーッ、とパワーショベルが地面をほじくり返す音がしはじめた。どうやら、ガス管を耐震性のあるものに交換する工事をしているようだ。

まあ、そういう工事が必要なんだったら、おやりになればいいとは思うが‥‥土曜日だよ? うららかな日射しが射し込む窓辺でソファに坐って、コーヒーでも飲みながら、本を読んだり、音楽を聴いたりしたかったのに‥‥。テレビのボリュームを相当上げても、何も聞こえないほどの轟音が、そこら中に響き渡っている。あー、また、ダダダダダってやりはじめた‥‥。

武蔵野市、公共工事をやるならやるで、適切なタイミングを考えないと、住民の反感を買うと思うのだが如何。

「秒速5センチメートル」

秒速5センチメートル。それは、桜の花びらが舞い落ちる速度なのだという。

Apple TVで、新海誠監督の「秒速5センチメートル」を借りて観た。「桜花抄」「コスモナウト」「秒速5センチメートル」という連作短編アニメーション。幼い頃に知り合って心惹かれていた二人が、離ればなれになり、やがて大人になっていく。渡せなかった手紙。言えなかった言葉。いつか辿り着けると信じていた場所。二人の間を通り過ぎていく時間が、優しく、そして残酷に描かれている。

この作品では、わかりやすいカタルシスを味わえるような出来事は、何も起こらない。ただただ、届かなかった想いを抱えて生きていくことの苦しさとせつなさが、これでもかというほど美しい映像(特に第三話のラストに連なるパートの加速感!)に重ね合わされて映し出される。それでも彼らの、僕らの人生は続いていく。その先には、桜の舞い散る道が続いている。

‥‥余談だが、主人公の名前の読みが僕の名前と同じなので、観ている間、ずいぶん気恥ずかしい思いをした(笑)。

移動か、それとも沈没か

昨日は、日帰りで鎌倉に遊びに行った。前から行ってみたかったカフェ・ヴィヴモン・ディモンシュでオムライスとマンデリンを堪能し、晩秋の海辺をぶらぶら歩き、夜は旅音の林澄里さんと本田あまねさんのトーク&スライドショーに参加。写真と絵と音楽と楽しいおしゃべりで、異国の安宿のロビーでくつろいでいるような気分になった。

そのトークの中で、旅人の行動パターンが「移動型」と「滞在型」(またの名を沈没型)の二つに大きく分かれるという話が出た。林さんは移動型で、気に入った街でもだいたい三日で次の街に移動するのだという。

で、自分はどうかなあ、と思い返してみると‥‥やっぱり僕も移動型で、二、三日で次の街に向かってしまうことが多かった。ただ、いったんその街が気に入ってしまうと、一、二週間くらいは平気で居座ってしまうこともあった。見どころが多いか少ないかは関係なく、おいしいごはんが食べられる場所と、気持よく散歩したりできる場所があれば、僕にとっては十分だった。

そういう意味では、ラダックを気に入って足かけ一年半も居座り続けてしまった日々は、壮大な沈没だったと言えなくもない(笑)。

やってみたいインタビュー

先週取材した分の原稿を編集者さんに送り、チェックに合わせて修正して、無事に納品。取材から執筆まで、かなりきわどいスケジュールだったが、どうにか責任は果たせた。

インタビューを基に原稿を書くという仕事は、かれこれ十数年やってきている。使っている録音機材も、今でこそICレコーダーだが、昔は古式ゆかしいテープレコーダーだった(笑)。とはいえ、やっている作業自体はそれほど変わらない。相手について下調べをし、原稿の仕上がりをイメージしながら質問項目を考え、相手のテンションを窺いながら、話を妨げないように、でも脱線しすぎないようにインタビューをコントロールする。取材が終わったら、ノートと録音データを突き合わせて話を整理し、文章の「流れ」を組み立て、コツコツと書き進め、推敲を繰り返して仕上げる。ライターという肩書のイメージより、はるかに地味で単調な仕事だ(苦笑)。

それなりに場数を踏んできたこともあって、インタビュー記事を書くという仕事には、ある程度習熟できたかなと思っている。ただそれは、完全に自分の存在を消した「黒子」の立場からのインタビューに限定されているとも思う。たとえば、「リトルスターレストランのつくりかた。」は、僕にとっては黒子に徹したインタビューの集大成みたいなものだった。

でも最近は、そうでないインタビューをやってみたいという気がむくむくと湧いてきている。黒子ではなく、僕という人間の存在や意志を明らかに感じさせる形で、相手に対峙するインタビュー。もちろん、それは相手をかなり選ぶことになるだろうが、だからこそ引き出せる言葉もあると思うのだ。そういう挑戦をする機会を作り出す努力はしていかなければと感じている。

というわけで、「インタビューしてよ!」という奇特な方、お待ちしています(笑)。