祖父が見ていた色

だいぶ前に亡くなったのだが、母方の祖父は、画家だった。学校で美術の先生の仕事をしつつ、大きな展覧会に入選したり、個展を開いたりしていた人だった。

僕を含めた親戚の子供たちは、時々その祖父のところに集められて、ちぎり絵を作ったり、郊外に写生に行ったりしていた。僕自身は絵が得意なわけでもなかったけれど、ある時、場所は忘れてしまったが、どこか屋外で写生をした時の出来事は不思議によく憶えている。

「高樹、あの木の幹は何色に見える?」
「茶色だよ。だって、木だし」
「本当にそうかな? よく見てごらん。あの幹の影は、藍色に見えないかな?」

そう言って祖父が、水で薄めた藍色を幹の部分にさっとのせたので、まだ小さかった僕はびっくりしたのだった。

空は水色。雲は白。木の葉は緑で、木の幹は茶色。世界の色はそう決まっているのだと、あの頃の僕は思っていた。でも、世界はそんな風には決まっていない。光も色も、音も、匂いも、手ざわりも、その時々ですべて違っている。世界を写し取って誰かに伝えるには、ありのままの姿を感じ、捉えなければならないのだと、祖父は僕に言いたかったのかもしれない。

あれから長い年月が過ぎ、僕は何の因果か、絵ではないけれど、写真や文章を仕事にするようになった。うまく撮ったり書いたりできなくて悩んでいる時、ふと、この出来事を思い出すことがある。そう、この世界は、何一つ、決まってなどいないのだ。

「拠り所」について

人が生きていく上で、何かを「拠り所」にするのは、けっして悪いことではないと思う。何を拠り所にするかにもよるが。

有名な大学を出ているとか、誰もがうらやむ企業で働いているとか、本人がそれに見合う実力を持っていれば別に問題ないけれど、肩書きに負けてるようならたいした意味はない。何らかの理由で裕福だとか、外見の美しさに恵まれているような人も、内面が伴っていなければ、いささか残念なことになるだろう。流行りのブランドの服やバッグを持っているとか、FacebookやTwitterのフォロワーが何人いるとか、そんな吹けば飛ぶような物事には、もちろん何の意味もない。

何かの分野のスペシャリストという人でも、その分野が廃れてしまったら応用が全然利かないような守備範囲の狭さなら、そのうち困ったことになるはずだ。たとえば僕の場合、それはラダックということになる。ラダック以外、写真も文章も使い物にならないようなデクノボーではまずいわけだ。当たり前といえば当たり前すぎるけど。

そう考えていくと、人が生きていく上で拠り所とするべきなのは、周囲がどんな状況になってもさほど左右されない能力や経験の蓄積と、一人の人間として真っ当な価値観とバランス感覚を持つことなのだろうと思う。結局、自分自身なんだろうな、拠り所って。

キーン デュランド ロー WP

Keen Durand Low WP
トレッキングシューズといえば、僕はずっと長い間、キーンのターギーIIを履き続けてきた。キーンのラインナップの中でもド定番のこのモデル、履きやすさや歩きやすさは申し分ないのだが、難点は耐久性だった。しばらく履き続けていると、貼り合わせてあるソールの黒い部分とグレーの部分が、端からだんだんはがれて浮いてきてしまうのだ。まあ、ラダックやスピティくんだりで、岩だらけの灼熱の荒野を毎日何十キロも歩き続けるような使い方をしてる僕も悪いのだが(苦笑)。

そんなわけで、3足くらい買い換えてきたターギーIIに代わる新戦力として、同じくキーンのデュランド ロー WPを導入することにした。ポートランドの自社工場で製造しているというこのモデル、ウリは耐久性だそうで、相当な距離のフィールドテストを経て製品化されたそうだ。ソールの構造も改良されているし、それ以外の部分の造りもがっしりしている印象。試しにこれで陣馬山や高尾山、御岳山を歩いてみたが、石ころがあろうが木の根があろうが、何も気にせずがしがし歩ける安心感があった。これならラダックでもたぶん大丈夫だろう。

このデュランド ロー WP、サイズ感はキーンの他の製品をほぼ一緒だと思うが、個人的にはターギーIIとフィット感がかなり違う(さらにぴったりくる)感じがしたので、購入を検討している人は、トレッキング用ソックスを持参して店頭で試し履きすることをおすすめする。あと、シューレースが結び方によってはややほどけやすいのではと思ったので、僕は最初からシューレースストッパーを使って締めている。

というわけで、新しい相棒、どうぞよろしく。

新規会員

僕は普段からスーツを着るような職業ではないので、クリーニング店を利用するのは、年に一度、今くらいの時期に冬物のコートやセーターを持っていく時くらいだ。近所には何軒かクリーニング店があるけど、持っていく店はここ数年決まっている。

その店では新規会員になると、一年間有効の会員証をくれて、特典としてその初回のクリーニングを半額にしてくれる。で、一年後に会員証の有効期限が過ぎると、また一年間有効の会員証をくれて、特典の半額サービスをしてくれる。つまり僕の場合、年に一度、会員証の有効期限が過ぎた直後に冬物をクリーニングに出すようにすると、毎年常に半額で利用できる。これは僕が気付いたわけではなく、お店の人がわざわざ「そうした方がいいですよ」と入れ知恵してくれたのだが。

このシステム、ありがたいといえばありがたいけど、油断してると冬物をクリーニングに出すのがどんどん後にずれていくので、うっかり夏にならないように(苦笑)、気をつけねば。