失われた季節感

4週間ぶりにタイから戻ってきた先週末。ひさしぶりに東京の街を歩いていて、あちこちにカボチャやらモンスターやらが飾られているのを見て、「はっはっは、ハロウィーンなんてまだまだ先じゃないか。みんな気が早いなあ」と、完全に素でそう思い込んでいたのは僕だ。まだまだ先どころか、まさに真っ只中だったじゃないか。脳みそから完全に季節感が失われている。

僕の場合、毎年のことながら、ハロウィーンのこの時期が一年のうちで一番日焼けしている。行きつけの理髪店では、「メガネの跡だけ残ってるじゃないですかあ」などと、毎回ケラケラ笑われながら黒焦げっぷりをいじられる。ひさしぶりに長袖の上下を身につけると、皮膚がもそもそして何だか落ち着かない。胃もあったかい食べ物にはなんとなく落ち着かなくて、いまだに「あー、そうめん食べたいなあ」などと思ってしまう。

何から何まで失われている季節感。やれやれである。

———

J.D.サリンジャー、柴田元幸訳「ナイン・ストーリーズ」読了(正確に書くと、読んだのは同じ内容の「モンキービジネス 2008 Fall vol.3 サリンジャー号」なのだが)。野崎孝訳の「ナイン・ストーリーズ」を読んだのは、もう思い出せないくらい昔で、家の本棚にあったその本の奥付を見たら、昭和62年5月刊行の30刷だった。平易でみずみずしい言葉で綴られた柴田訳であらためて読み通してみると、昔は気付けなかった会話や場面描写の緻密なディテール、何気ない言葉の背後に潜む現実の重さなどに、はっとさせられる。その中でも、シーモア・グラースが主人公の最初の作品「バナナフィッシュ日和」は、自分でもびっくりするくらい、構成や内容を鮮明に覚えていた。それだけインパクトのある、サリンジャー自身にとっても意味のある作品だったからだろうか。

「Newton」

タイ取材のために羽田を飛び立って、台風24号の暴風の余波に揺れる機内で観たのは、インド映画「Newton」。「クイーン」などで独特のトボけた味の演技を見せている個性派俳優、ラージクマール・ラーオの主演作。海外の映画祭などでも話題になっていた作品だったので、観てみることにした。

舞台はインド中部チャッティースガル州のジャングル地帯。毛沢東派の武装勢力が支配するこの一帯には、わずかながら先住民が暮らす村々がある。公務員で生真面目な性格のニュートンは、このジャングル地帯で実施される選挙管理員に自ら志願する。何かにつけて非協力的なインド軍の護衛を受けつつ、現地に赴いたニュートンは、同僚や現地の協力者とともにどうにか投票を実施させようとするが……。

インドの、それも辺境中の辺境での選挙という、かなり特殊なテーマの作品。ミニマルな世界ゆえに、インドの政治や社会の実態(主にダメな部分)がよ〜く表れていたように思う。頑ななまでに杓子定規な主人公ニュートンのふるまいは、時に滑稽ですらあるのだが、それがかえって現実の異様さ、滑稽さ、そしてむなしさを際立たせている。

いつ、どこからゲリラが出没するかわからない、というチリチリした緊迫感をはらみつつ、物語は小さな笑いを交えながら淡々と進んでいく。このまますーっと終わるのかな……というところで、思いがけない展開が、どん、さらにどん、と。何とも言えない後味の残る、不思議な映画だった。

ぐなぐなに揉まれる

タイでの取材が終わる直前、首都バンコクでちょっとだけ時間の余裕ができたので、タイマッサージを受けに行ってみた。

場所は、BTS(スカイトレイン)スクムウィット線のオンヌット駅の近くにある、マッサージ店が集まる一角。バンコクの他の場所と比べるとかなり割安で、しかも腕のいいマッサージ師が集まっていると、その筋ではかなり有名な場所だ。僕が行ったのも、ごく普通の店構えのマッサージ店で、施術してもらったのもごく普通のおばちゃんのマッサージ師。薄暗い二階に上がって服を着替え、カーテンに囲われたベッドに横になり、約1時間。

僕自身、タイマッサージを受けたのは初めてだったのだが、思っていた以上に理にかなったマッサージ手法だなあ、と感じた。筋肉や骨や血管や神経などの構造をちゃんと把握した上で、手や肘や足を巧みに使って、とても合理的なやり方で施術しているのがわかる。ぼく自身、学生時代に体育会系の部にいた関係でマッサージもそれなりにやらされていたので、単に心地いいとかいう感覚的なところ以外で、なるほどこのやり方は合理的だなあ、と腑に落ちるところがすごく多かった。

全身、下から上まで前後左右、くまなくぐなぐなに揉みほぐされ、1時間後に店を出る頃には、驚くほど身体が軽かった。どんよりと重だるかった両肩や背中や両足が、嘘みたいにすっきりして、筋肉も柔らかくなっていたのだ。ほんの1時間でこんなにも変わるものなのかと、びっくりした。ちなみにその店、1時間で200バーツ。日本円で700円くらい。値段にもびっくりである。このタイマッサージのおかげか、帰国したばかりの今現在、身体の調子はとてもいい。去年までは、取材で蓄積したダメージから回復するのに1週間くらいかかってたのに。

来年タイに取材に行く時も、帰国前にはまた何とか時間を見つけて、オンヌットでタイマッサージを受けてこようと思う。

灼熱からの帰還

昨日の朝、予定通りの便で、タイから東京に戻ってきた。

今年のタイ取材は、出発の時こそ台風で波乱含みのスタートだったが、現地に着いてみると、最初のチェンラーイでの2日間と、後半のカンチャナブリーでの2日間、そして最後のバンコクでの短時間の気まぐれなスコールを除いて、まったく雨に降られなかった。過去5回の取材をふりかえっても、こんな年は本当に珍しい。

まあ、雨が降らないということは、取材中も毎日ずっとカンカン照りの中を歩き回ったり自転車を漕いだりしないといけないわけで、案の定、顔や手足の露出してる部分の皮膚は、自分でも鏡を見て引くくらいの黒焦げ。結構まめに日焼け止めを塗っていたのだが、灼熱の太陽はまったく容赦してくれなかった。取材中も、行く先々で現地のタイの人に「暑いのに大変ですねえ。水、飲みます?」と気の毒がられてたし(苦笑)。

そんな暑い中での連日の取材なので、例年だと、タイから戻ってくると身体が重だるくて、ダメージが抜けるのに1週間くらいはかかってたのだが、実は今年はそこまでダメージが蓄積していない。それはなぜか、という件については、次のエントリーで。

嵐の前の日曜日

タイへの出発前日。今日は割とのんびりした、いい一日だった。

ゆっくり寝て起きて、先週恵比寿のヴェルデで買った豆でコーヒーをいれ、三鷹から西荻窪に移転したパン屋トキドキの食パンで朝ごはん。午前中のうちに荷造りを仕上げ、家のすぐ近くのパスタ屋(ブリュードッグのビールが4種類も揃っている!)でナポリタンとジャックハマーのおひる。駅前のスーパーで少し買い物をして、午後は家で仕事関係のメール書き。夕方から米を炊いて、晩ごはんは豚バラのしょうが焼きと、長ネギとお揚げの味噌汁。

しかし、そうこうしてる間にも、台風24号はひたひたと迫ってきている。たぶん、今日の真夜中頃に東京に最接近するのだろう。今日の昼過ぎには、首都圏のすべての在来線が20時で運転を取りやめると発表されていた。ある意味、日曜だからできる判断なのだろうが、それだけやばいレベルの台風が近づいてきてるということでもある。

明日、どうにか無事に出発できたら、しばらくこのブログの更新はお休みします。帰国は10月27日(土)の予定。