昨日、横浜美術館で「ロバート・キャパ/ゲルダ・タロー 二人の写真家」展を見て、思い出したこと。
世界でもっとも有名な報道写真家、ロバート・キャパ。僕にとって彼は、その短い生涯と作品を通じて、「写真家」という存在を意識するようになるきっかけを与えてくれた人だった。いや、それだけではない。僕の中で、「旅」と「写真」という二つの行為が分ちがたく結びつくきっかけを与えてくれたのも、キャパだった。
1992年の春、生まれて初めての海外一人旅。ザックの中には父が送ってきたありふれたコンパクトカメラと、何気なく買った文庫本が一冊。当時はたいして写真に興味のなかった自分が、なぜその一冊にキャパの「ちょっとピンぼけ」を選んだのか、今もよくわからない。神戸から上海まで船で渡り、シベリア鉄道でロシアを横断し、夜行列車を宿代わりにしながらヨーロッパをほっつき歩いた数カ月の間、何度もこの本を読み返した。祖国を追われ、危険な戦場に身を投じて写真を撮り続けた日々のことを、キャパはユーモアと優しさと、時に悲しみを交えながら書いていた。彼の文章を読んだ後に自分の目で見る未知の世界には、何かが透けて見えるような気がした。それが何かはわからなかったけれど、その「何か」に向けて、僕はシャッターを切った。
世界を自分の目で見るということ。それを写真という形で誰かに伝えること。いつのまにかその行為は、僕にとって、旅と切っても切り離せないものになった。もし、あの最初の旅に持って行ったのがキャパの本でなかったら、そんな風に考えるようにはならなかっただろうし、今のように写真を仕事の一部にするようにもならなかっただろう。そう思うと、キャパの「ちょっとピンぼけ」は、僕の人生に一番大きな影響を与えた本なのかもしれない。
半世紀以上も前に撮られたキャパとゲルダの写真を眺めながら、僕は、あの旅で感じた気持を思い起こしていた。