北米大陸最高峰、標高6193メートルのデナリ(マッキンレー)は、普段は雲に隠れていることが多く、なかなかその姿を見せてくれない。早朝、雲の切れ間から、モルゲンロートに染まるデナリの頂が、ちらりと見えた。
キャンプ・デナリの食堂(ポトラッチ)の前にある池のほとりからは、晴れているとこんな風にデナリの姿が見える。この景色があったからこそ、シリアとジニーはここにロッジを建てたのだ。
キャンプ・デナリでは、滞在中に毎日、難易度に合わせて三種類のハイキングが催行される。僕は母やツアーの同行者の方々と離れ、一番難易度の高いストレニアス・グループに加わって、ツンドラから山を登って尾根筋を歩き回ったりした。ストレニアスといっても、奥多摩あたりで一般的な山歩きをしたくらいの感じだったが。
ハイキングに出発する前には、キャンプ・デナリで用意された食材を好きに選んで、自分でサンドイッチを作ってそれをお弁当に持って行く。こんな秋色のツンドラの上に腰を下ろしてサンドイッチを頬張っていると、何とも言えない穏やかな気分になる。
アラスカに来て驚いたことの一つは、ツンドラというものが、生命の気配に満ち満ちていたことだった。木々や草花や果実、苔、地衣類など、さまざまな種類の生命が、永久凍土の上にぎっしりとひしめいている。
冷たい風が吹きすさぶ尾根で、ぽつんと咲いていた、小さな花。
ハイキングの帰路、車のすぐ近くに現れ、悠然と歩き去ったグリズリー。アラスカの生態系の中で、クマはその頂点に位置する。デナリ国立公園では、歩行中にクマを見かけたら400メートル程度の距離を保つことや、キャンプをする際は食材をフードコンテナに入れて管理するなど、クマから身を守るためのさまざまなルールが設定されている。
ある日の夕刻、キャンプ・デナリの上空に、数千羽のツル(サンドヒル・クレーン)の群れが現れた。南への渡りを悪天候に阻まれて、今宵のねぐらを探して引き返してきたのが、こんな大群になったらしい。キャンプ・デナリのベテランガイド、フリッツも「これだけ大きな群れを見たのは二十年ぶりだ」と言っていた。
日が沈む頃、キャンプ・デナリの池のほとりで見かけた、雌のムース。この場所にはよくムースが現れて、池の水を飲んでいくのだという。
ベテルス以外ではもう見るチャンスもあるまいと思っていたオーロラを、キャンプ・デナリでの滞在中にも見ることができた。強風が吹き荒れる中、三脚に据えたカメラが動かないようにしがみつき、必死こいて撮った一枚。北の空に、緑色の光がカーテンのように揺らめいていた。
キャンプ・デナリを離れる前日の夜、デナリ国立公園の標高の高い場所では雪が積もった。ほんの二日前までは極彩色に染まっていたツンドラが、今は白い雪に覆われている。極北の秋は、あまりにも足早に過ぎ去っていく。
雪景色の中、梢に残っていたベリーを夢中で頬張るグリズリー。「冬眠までまだちょっと時間があると思ってたのに、雪なんて聞いてないよ〜!」といった感じのあわてっぷりだった(笑)。