棄権について思うこと

昼、近所の小学校へ、武蔵野市長選と市議補選の投票に行く。

今月行われるであろう衆院選には、僕は投票できない。明日からしばらくタイ取材で、帰国する頃には投票が終わっている。公示前に出発だから、期日前投票もできない。マイナンバー制度とか作るくらいなら、海外でもオンラインで認証して投票できるようにすればいいのに、と思う。

昨日散髪に行った時、店主さんが「自分は投票に行かない。棄権するのも意思表示の一つだと思う」と話していた。少し前にネット上でもそういう言説が話題になっていたと思う。確かに、有権者の8、9割が投票を棄権すれば、それはそれで政治家たちに対する意思表示にはなるのかもしれない。だが、現実にそうなる確率は非常に少ないのも確かだ。

今の日本で、投票を棄権するということは、国や社会の未来を選ぶ権利を自ら放棄して、すべて他人に委ねる、ということになってしまう。そうして、なしくずし的に国も社会もどんどん悪くなっていって、本当に国の政策に対して声を上げたいと思う頃には、「国民主権」という選ぶ権利すら奪われていることにもなりかねない。今、政治の世界にのさばりはじめている極右の連中は、僕らから権利を奪うことを本気で考えている。首相も都知事も府知事も、同じ穴のムジナだ。

自ら選ぶ権利のあるうちに、自らの意思を示しておくべきだ。奪われてからでは、遅すぎる。

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取材のため、しばらく更新をお休みします。帰国は10月24日(火)の予定です。では。

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